「同志社スポーツユニオン・総会ならびに祝勝会に参加して」

平成18年1月28日(土)、京都ホテルオークラにおいて、総会ならびに祝勝会が開催され、山岳会から松村多四郎常任顧問、角橋通弘常任理事、大日常男代表理事、乾 好顧問の4名が出席致しました。
総会はいつもの様に、佐野修弘会長の下に進められ、報告事項および審議が行われました。引き続いて慣例の祝勝会が催され、各部の優秀選手が表彰されました。我が山岳部も過去において、海外遠征の登頂成功の折は、すべて表彰を受けました。いつも数多くの他運動部の表彰されるたびに、山岳部も引けを取らない様に頑張らなくてはならないと痛感いたしました。

松村 大日 学長 乾 角橋
[山岳部とスポーツユニオンについて]
戦後の同志社スポーツ発展のため、旧制大学、専門、高商の運動部のOBが連合して、現役部員をバックアップする目的で、昭和25~26年頃より大宮隆、岸田敏馬、猿丸吉左衛門、その他各運動部の多数の先輩諸氏の熱意によって、「同志社体育協会」の設立準備会が発足され、学校側より田淵体育課長、学生体育会本部より北村光雄、古川武の両氏の参加を得て進められました。
我が山岳部からは、当時若手OBであった小松敏男先輩と共に、現役マネージャーとして私(乾)が参加させていただき、微力ながらその設立にお世話させていただくことになりました。そして、遂に昭和29年に「同志社体育OB連合」の名のもとに、会長に明田重義氏、理事長に玉置亮作が就任されてスタート致しました。
その後、昭和30年代に入り、藤井正三会長、岸田敏馬理事長となり、昭和43年6月より、名称も「同志社スポーツOB会連盟」と改称され、岸田敏馬会長、北村光雄理事長のコンビで更なる発展の基礎となった。
昭和40年代後半から「同志社スポーツユニオン」とスマートな名称になり、昭和50年代中頃より北村光雄会長、佐野修弘理事長とコンビが変わり、平成に入ってから佐野修弘会長、濱直樹理事長となり、3年ほど前に「同志社スポーツユニオン関東支部」が新設され、今日に到っている。
また、スポーツユニオン主催によるゴルフコンペは、最初の頃「宇治カントリークラブ」で行われ、山岳部からは岸田権二氏を中心として参加され、個人優勝、団体優勝に導かれた。
その後、場所が「亀岡カントリークラブ」に移り、角橋通弘OB、田尻功OBの両シングル氏を中心に、尾崎一郎OB、その他のOBも加わって、たえず個人優勝、団体優勝、その他数々の受賞に輝いている。
同志社スポーツユニオン顧問(元常任理事)
乾 好(DAC奈良県支部長)