2008年11月 4日
08年秋期定例総会
11月3日に京都タワーホテルで秋期定例総会が開かれました。
現役山岳部員の有事の際の緊急時連絡体制について、秋山監督からお話があり、改めて山岳会の組織がどれだけ山岳部へと力を注いでくれているのか、大きく存在を感じました。また、各支部からの報告や、現役部員がスライドにて活動報告を行うなどしました。カナダプチ遠征の報告、夏合宿の報告は特に好評を博して盛り上がりました。
個人的には今とはちょっと違うOBの方々の山の話や、今でも精力的に活動しているOBの方々の話は印象深く(加藤さんのアイスクライミングのお話などは特に)、非常に刺激になり、自分の人生の中でどのように山へ、岩へと向かっていくのか考えるいい時間となりました。
学生の部員も今や16名と、定期総会の半分近くを占めるようになりました。これもひとえに先輩方の努力の賜物。与えてもらったものは返さなければならない。僕らの手で山岳部の活動をさらに盛り上げていけたらと思っています。
山岳部(工3) / 百田考史
2007年11月18日
OB総会・報告会・祝賀会 〜現役からの報告〜
4回の下里です。
祝賀会
盛大な祝賀会を開いていただき、誠にありがとうございました。あれほど多くの人から祝ってもらうのは、生まれた時以来でした。登頂できて本当に良かったです。ということで少し報告をUPします。
OB総会
・松村監督が今期で引退。
ひたすらに面倒を見ていただいているので、なんとも言えず、時の流れを感じる。常々、体力的に山行に参加出来ないことを悔やんでおられた。太田部長も定年とのこと。 来年の新人歓迎コンパには、OB・OGさんを招待し、車で乗り付けられるところに幕営し、鍋を囲んで、ひさしぶりに自然の中で寝袋で寝ていただいて、次の日は簡単な岩登りをしようと思っております。
報告会
・JAC関西支部「学生部」設立について
案内状や京都学生登山交流会でのアナウンスのお陰で、関西圏の15校ほどに参加していただき、顔合わせと連絡先を交換。 組織の形は、AAVKの復活をベースに、京都・大阪にいる準備学生が大学間を調整し、シンポジウムを行い、JAC関西支部長・重宏OBと相談し作っていきます。ご支援のほど、よろしくお願いいたします。
当日の様子は、京都新聞、及び電子版に載りました。
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007110500027&genre=G1&area=K1F
投稿者 club : 09:14 | コメント (0) | トラックバック
2007年4月 3日
鹿島槍ヶ岳〜爺ガ岳東尾根往復〜
3/21~24に、冬山ファイナル合宿で、鹿島槍に登ってきました。メンバーは、遠征に参加予定の4人で、下里(3回)、石川(2回)、小谷(1回)、小林(高3)。
今年の岳人1月号で、冬山スタンダード特集として紹介され、知識の少なかった自分達冬山の新人たちは、ヒマラヤ襞の美しい姿に感動し、ここに行きたい!と、夢見るようになりました。2月の赤岳天狗尾根や甲斐駒黒戸尾根も、そのステップでした。鹿島槍に登るぞ!と決めてから、2か月。ルートの勉強やら、食料/装備の軽量化やらで、極楽スキー旅でほとんど京都にいない中、慌ただしく過ごし、3月の終わりの目まぐるしく天気が変わる中で、晴天を捕まえ、停滞せずに登れたことは、本当に運が良かったです。
技術的には、アイゼンが最も重要で、急な下りや稜線の長いトラバースで幾度か最中雪を踏み抜き、滑落しそうになりました。反省点も盛りだくさんなので、今回は写真にそって概要を紹介します。 4月末に詳細な報告書を載せた2006年度の報告書を郵送しますので、ぜひそちらも参照してください。何かコメントいただけるとうれしいです。
21日は、鹿島山荘に挨拶し計画書を提出、オババの碑あたりで前泊。雪は日陰に残っている程度。
22日は、堰堤の右側からやや整備された急登の道に取り付き1476の支尾根に合流、東尾根を登りきり、途中から強風。白沢天狗尾根と合流する矢沢の頭でブロックを積み、幕営。(6:00発〜14:00着)
23日は、快晴。爺が岳中峰を越え、鹿島槍アタック。(7:00発〜14:45冷池に帰幕)

矢沢の頭の撤収 昨夜は強風で風上のブロックが崩れたが、さほど積もらず夜の雪かきは不要だった。右が中峰。

ノートラック、いやノートレースの爺へのラッセル。朝から重荷にこたえる。スキーで滑ったら底付きなしのパウダー間違いなし・・・くそー滑りてーー!!上部は雪崩層で緊張。間隔を開ける。

天空への道。これがラッセルの醍醐味。

爺が岳中峰。 剣、槍、鹿島槍が一望。最高の天気。フォーー!

どんなもんじゃい!鹿島槍南峰。苦しかった。写真は小谷、小林ペア。石川は風邪気味のためテントキーパー。巨大なせっぴ、大自然への畏怖。
24日は、下山。爺が岳辺りから黒部側は強風。下りでは行きの急登を下りたくなかったので、1331のピークから下山。携帯電波が入らず鹿島山荘に下山連絡しタクシーをよんでいただく。その日のうちに帰京。(6:20冷池〜12:30下山)

モルゲンロードに輝く、ヒマラヤ襞。この景色を見たかった。北峰に東尾根が伸びている。次はバリエーションだ!

爺が岳東尾根の下山。下りは登りより断然危険なことを再認識。片足がはまって滑落しそうになったこと多数。上部ではロープを1Pfix。
下山後、OB諸兄やコーチからたくさんの助言と激励のメールが入っていた。うきうきと下山報告するとさらに祝福のメール。
『ファイナル合宿成功おめでとう。この先、登山も含め、創造、想像できるということ、経験していることは必ず、自分達の力になる。悩んだ判断、気になることがあれば、各コーチに聞いて自信を高め、修正すればいいんとちゃうかな』(某コーチより。勝手に引用)
皆、お世話になった方ばかり。
感無量。
去年の10月から、冬山経験0の状態からここまで来れて本当によかった。これもOBさんのお力添えがあってのこと。感謝感謝です。これからは次の世代に教えて、積雪期の登山を受け継いで欲しい。経験者がいないというのは本当にしんどい。このような思いをするのは今年限りでいい。雪山には夏山では得られないものがたくさんある。危険と困難を混同せず、知識や体力、経験で実力をつけ、目いっぱい、山で遊ばせてもらったらいい。(涙)
よーし、次は海外遠征だ!
2007年2月 8日
クビ・ツァンポ源流域学術登山隊2007 第1回合宿 報告書
2007.2.6〜7 (著:和田隊長、下里、小林。編集:下里。)
1. 目的
隊員相互のチーム・ワーク作りと雪上訓練
千田隊員(予定)による雪上ロープ・ワーク講習
2. 参加メンバー(敬称略)
和田、千田、下里、石川、小谷、小林、谷(中島、吉見、野口、和田有紗、今成OBは欠席)
3. 場所
比良山系、スゲ原小屋周辺。同志社高校OB会の小屋を借用
4. 行動
2月3日(土) 快晴 深夜から強風
先発隊 10:40 イン谷口出発
12:00 かもしか台
13:00 北比良峠
15:34 スゲ原小屋
後発隊 14:35 比良駅出発
15:30 大山口
16:40 かもしか台
19:45 スゲ原小屋
22:30 就寝
2月4日(日) 曇りのち快晴
6:30 起床
7:30〜8:30 ミーティング 個人装備の解説
9:00〜11:00 雪上でのロープワークを講習
12:22 昼食後スゲ原小屋発
14:50 イン谷口
![]()
5. 先発隊の記録と所感 @和田隊長
新雪が80cmほど積もった冬らしい比良で楽しく有意義な合宿ができた。
特に、DACの現役と谷君が山に対峙する意欲にあふれた心意気が見られる。千田君の参加により経験を交えた個人装備の解説や雪上でのフィックス工作、確保ピンの取り方の講習は得るものが多かったのではないかと思う。
お互いの大学の現状認識や共通する悩み、個人の夢を語り合う中でクビ・カンリへの登攀意欲が高まっていきそうな気がしてきた。
それにしても八雲ヶ原からスゲ原小屋までのラッセルは想像以上であった。
先発4人(和田、千田、小林、谷)はスキー場跡までは快速列車なみのスピードで飛ばしていったがそこからはトレースなし。
ワカンを履いたとたんに膝上までのラッセル。谷筋に入ると腰辺りまで達する場所もある。
小屋まで10時間かかったこともあるという小林君の話を聞きながら交代でラッセル。谷君や小林君の馬力に感心する。
和田は100mほどしかラッセルできない。現役パワーのおかげで想像以上に早く小屋に着く。
快速ラッセル車の先発隊(先頭は小林)
薪ストーブが温まるまで立ったまま小屋の中をうろうろする。30分もすると1枚2枚と脱ぎ始め快適な山小屋でくつろぐ。アルコールも入り朝3時に山梨を出た千田はうとうと居眠り。
19時30分になっても後発隊が到着しないので迎えに出るが直ぐに出会う。
試験疲れ、睡眠不足の石川が不調であったとのこと。全員で小林君の力作の鳥の水炊きを賞味した。計画書にはフリーズ・ドライの白菜やねぎと書いてありどんな水炊きか心配であったがすべて新鮮野菜でたっぷりの鶏肉でおいしかった。
翌朝のおじやも最高。
翌朝小屋の裏斜面で雪上訓練。1mほどの新雪で見かけはたっぷりの雪で雪上訓練に最高と思われた。でも土嚢袋やスノー・バーなどで支点をとる練習を始めると新雪の下は土。
なかなか効かなくて苦労する。ピンの取り方、フィックスの通過の仕方を千田講師が指導した。
帰りは7人全員が猛スピード(小生の普段の登山から考えて)で下山。温泉に浸り解散。現役に何とか付いて行動できて良かった。
6.後発隊の記録と所感 @下里直樹(DAC3回)
2/3(土): 後発隊は、下里、石川、小谷。比良駅で既に積雪があり小屋にたどり着けるか心配で早足で大山口まで飛ばす。途中、ビーコン訓練している人の横を、ビーコンを付けながら抜ける。見事に反応していた。
ダケ道のトレースはばっちりで少し安心。トップを下里から小谷に変え、ぐいぐい登る。
だが、カモシカ台を過ぎたあたりから、石川が足をつりだす。つる度に1本とり、荷を分配し、ホット・ポカリを飲ませる。長いリハビリ生活後の今期初の冬山で慣れておらず、キックステップを多用してしまったり、テストあけの寝不足、初めて履くダブル・シューズのため、体力が消耗したのであろう。
だましだまし登り続け、北比良峠で日が完全に暮れ、ヘッドライトを点灯。
八雲からは先発隊のトレースのみでワカンを履く。オレンジ色の満月に無気味な明るさを感じ、ぞわぞわする。不吉な予感は的中し、後1ピッチちょいというところで石川の足が完全に止まる。
気力が尽き果てた様子。独り言を言っている。これはやばい!あれやこれやと石川を鼓舞しつつ、荷物を小谷と2人で分け、下里はダブルザックでセカンドで歩く。
さらにイブルギのコバ辺りで下里のヘッドラの電池が切れ、石川に後ろから照らしてもらう。
電池を交えるのももどかしい!早く小屋につきたい!
今度は下里がフン!よっしゃ!フン!とつぶやき、鼻息も荒い。
広谷から5分ほど歩くと、前に数個のヘッドライトが踊っている。
暗闇の向こうから小林が「ここから先は、通行料をいただきます」と、のたまった。
雪に埋めてやろうかと思った。
和田隊長は大爆笑。救援隊の登場に、重荷から解放され心身ともに安堵する。谷さんがサクッと担いでくれた。
小屋では、暖かく温かい空気と、寝起きの千田さんに迎えられ、「ごくろうさん、これでも飲み」とコップを手渡され一気飲みする。日本酒だった!1人、絶叫。
そんなこんなで、到着を喜び、皆でビール片手に鳥すき鍋を囲み、ほっこりする。
部の現状、恋話、文登研、装備、冬山、氷、ローツェ南壁、カトマンズ、履き古しのパンスト、ウールとラクダ、尿瓶。これぞ飲みニケーション。
しっかりと水分を多量にとりつつ、たわいもない、貴重ないい話をする。あっというまに22時で就寝。
2/4:6:30起床。雑炊を食べ、車座になり千田兄より装備についての講義後、小屋裏の斜面で、土のう袋(埋没させてアンカーにする)、スノー・バー(2本を根元まで打ち込み流動分散させ、フィックスを張る)、デッドマンの使い方(ドンドン沈むので、斜面側を固める)、フィックスの張り方(クローブヒッチとエイトノット)、ユマールの支点通過法(カラビナを抜き、支点の上にかけてからユマールを外す)、スタンディング・アックス・ビレイの姿勢を実地で学ぶ。
千田OBによる講習会
新雪ばかり1mほど積もっており、踏み固めるのに苦労するが、なんとか懸垂下降はできるくらいの強度になる。谷さんは経験豊富な様子。気温は−4℃前後。あまり動かないので寒い。和田隊長は1人でうろうろとラッセルしていた。
小屋でわいわいお昼を食べて、小屋を引き払い、和田隊長よりワカンのわらじ的履き方を習って、飛ばしつつつ転けないように注意しながら2ピッチで下山。
昼から天候が急速に回復し、大山口あたりから、のぺっとした琵琶湖が眼前に広がる!
「降りた時に晴れてると、気分いいなー!」 と叫びつつ、駐車場に到着し、温泉での裸のおつきあいを経由し、比良駅で解散。
名言集
『登山道具はカトマンズで買うのが一番』(by和田OB)
『エクスペディション仕様』(by千田OB)
7.第1回遠征隊合同合宿を終えて
@小林博史(同志社高校)(チームワーク作り山行企画担当)
今回の合宿の成果は非常に大きかったと思います。みんながこの山行を通して、今出川の会議室ではできなかった自己表現をし、お互いの人間関係の絆が深まったように感じます。
やはり山男達は山にいるのが一番だと思います。
ただ1つ、参加者が少なかったことは残念でした。
この合宿で痛感したことですが、合宿前と後では隊としての結束力が全く違います。たった2日の比良山で、これほど変わるものだと私自身、驚いています。これも山の力なのでしょう。今回参加できなかった隊員候補の方々は、もう一度このような企画を考えているのでその際は是非とも参加のほど、よろしくお願いします。
最後になりましたが、遠く名古屋、遥か山梨から来て頂いた和田さん、千田さん、本当にありがとうございました。千田さんには雪山での支点作りやロープ・ワークについてのコーチングもして頂き、勉強になりました。
総じて、クビ・ツァンポ遠征隊としての第一歩を踏み出せた実感を得ることができました。
お世話になった山嶺岳会のロッジを背に 左から 谷・小林・千田・下里・石川・小谷
諸先輩方へ @現役一同より
自分たちは、地理的探検や最高峰が登り尽くされ、登山の商業化が進み、お金さえ払えばチョモランマにも連れて行ってもらえる一方、より困難でシンプルな登り方を求められ、温暖化が進み、氷河が縮小し崩壊している時代に生まれました。
人は理想(理念)がなければ真っすぐに生きて行けません。この遠征は、経験の浅い自分たちにとって羅針盤のようなものです。
「遠征ってどんな感じなんだろう、チベットってどんなところだろう、6000mってどんな空気なんだろう、2ヶ月も山に籠るのって大変だろうな、ヒトってなんで山に登るのだろう。」
消え行く運命の秘境に対峙し、真摯にとり組むことで、己の価値観を磨き、山への態度を構築し、強いてはそれが人生に対しての姿勢そのものに発展するでしょう。
命を超越した‘おおいなるもの’に畏怖し、そんな自分を見つめ、悩み、また新たな一歩を踏み出す。
山の中で自分で考え、行動し、反省し、成長し、生きていく。このように、ただの記録ではなく、人生の糧になるように、真摯に取り組んでいきますので、これからもご指導・ご支援を、よろしくお願いいたします。
現役のページもどうぞ → http://blog.kansai.com/sangaku
2005年10月20日
POCCS第6戦ボルダリングコンペ (in大阪PUMP)
日時 2005年9月30日 17時半頃〜22時半頃
山岳部員からの参加者 桝田 憲明 (2回生)
大阪にあるPUMPというクライミングジムにてボルダリングという形式のクライミングコンペに出場してきました。ボルダリングとはロープをつけずに3〜4mくらいまでの岩を登るというものです。今回は制限時間2時間の間に全部で40本あるボルダリングの課題を、何本登れたか?という単純な本数で順位が決定しました。

結果は出場者31人中5位でした。個人的にはもうちょっといけたような気がします。
