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2005年05月12日
水との戦い;毛勝三山(猫又山・釜谷山・毛勝山)再挑戦
以下2回(1回目:5月10日〜/H16、2回目:5月4日〜/H17)の毛勝三山への挑戦は、いずれも同志社大学山岳会 関東支部 60歳オーバーのいつもの4人組(今成・河野・山火・宮川)が行った山行の紀行です。
東京から長駆走ってきた車は漸く剣岳西麓に入り、窓外では次第に雨脚が強くなる中、釈泉寺・蓬沢と昔懐かしい名前の部落をひとつ又ひとつと通過していく。 そして、伊折部落を過ぎる頃にはとうとう篠突く様な雨に変わり、前方視認さえ難しい空模様になってきた。
今辿っている剣岳公園線と並行して流れる早月川も、折からの雪解け水に豪雨を併せ、あたかも雨期の
カリガンダキを想いおこさせる程の奔流となって轟々と音をたてて流れている。
スリップして川に嵌れば四人とも一巻の終わり、 こうなれば安全運転が第一。 慎重にハンドルを捌きながらゆっくりと進み、どうにか無事に馬場島に到着、長いドライブの一日であった。
この青少年旅行村と呼ばれるテント設営地、連休明けと悪天候で今日は車一台、人っ子ひとりさえいない。 馬場島荘も上市警察の派出所も裳抜けの殻。 我々だけの一人占め、少し寂しい宿営となった。
その夜、滑川の町で調達した食材で今成調理師が腕を振るって作った海鮮鍋、どうやって寝袋に入ったかさえ解からない程痛飲したアルコールの力、それらが無かったならば、右手の立山川と左手の白萩川から夜通し聞こえる恐ろしい”山の叫び”で、誰も一睡さえとること能わ無かったことだろう。
翌早朝我々4人は雨の上がり始めたブナクラ谷出会いに立ち、踊り狂って流れる川を皆空ろな表情で茫然と眺めていた。何故なら、谷への進入を可能にして呉れる手段<橋・架橋・雪・徒渉・高捲き>のどれ一つも今は無く、要するに山の神様が今回の我々の登山を拒絶している。 我々はこれ以上山に登れないという現実に直面し、がっくりとうなだれた次第であった。
暫く後、”さあ帰ろう、今回はここまで” その言葉を契機にこの4人組、先程登ってきた道を今度は方向を替えとぼとぼと馬場島目がけ下ることとなった。 こうして1回目の挑戦は終わったのである。
(*;その後、立山に転進し雷鳥沢を基点に快適な雪の登降を楽しみ、それなりの充実感は得たが)。
あれから丸一年、今回は事前に上市警察署にブナクラ谷への進入可能の確認を行い、晴天白日のもと小窓尾根や早月尾根を眺めながら、何の懸念や支障もなく楽々と馬場島に入ってきた。
連休さなかの馬場島、数十台の車と数多くのテント、子供や若い女性の楽しそうな笑い声、馬場島荘ではレストランやお湯までオープンではありませんか。 去年の湿った雰囲気は一切ありません。
我がパーティー、夜は山火さんリクエストの海鮮鍋、にぎすとげんげの生干、ビールとお酒、暖かい空気と星空のもとでの豪華ディナー・大歓談。 お酒と言うと目の無い二人(I氏とM君)は当然、日頃小酒飲みの(K氏もY氏も)いつになく酒量が上がり、要するに皆絶好調、ハッピーの極みです。
それでも一瞬悪い予感、「今年は水大丈夫だろうか?」の心配が頭を過ぎる。 取り越し苦労であればよいが!
(ブナクラ谷にて、山火・河野・今成の三氏)
(ブナクラ峠の石の地蔵)
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(猫又岳頂上手前より望む剣岳池の谷側岸壁)
翌朝雪解けで蕗の薹が出始めた白萩川左岸の道を辿り、昨年断念せざるを得なかったブナクラ谷出会に到着。幸い左岸に雪渓が残り、心配の堰堤越えも問題なしで通過、第一関門は先ず突破です。
ルートは概ね右岸沿いに辿り 、小ブナクラ谷、大ブナクラ谷と夏道と雪渓を混ぜながら順調に登行し、トクラ沢を過ぎた当たりから長く続く急傾斜の雪渓に喘ぎ、峠下の石のゴーロを登る頃には慣れぬ重荷と暑さから次第に体力を消耗し皆無口になってきた。 特に83Kg体重のM君は粗い呼吸の割には歩行が進まず、完バテ一歩手前です。原因は体力不足か、それとも昨夜の痛飲過多か?ともかく重荷は堪えます。それでも頑張りブナクラ峠に無事到着。 白馬から五竜までの後立山の峰々が目に鮮やかに飛び込んできました。 峠から猫又山方面への斜面は、急峻な草付きガリーと今にも落下しそうな大きな岩が危険な様相を呈しています。 重荷、疲労状態でのこれ以上の登行は楽しい登山になりません。
そこで、テントを猫又頂上まで持ち上げ、毛勝山まで往復することを断念、ここから猫又ピークを往復することに計画変更です。 我々熟年族の臨機応変の素晴らしさ、結果的には大変良い判断でした。

(猫又山頂上での今成・山火・河野の三氏)

(猫又山頂上より、釜谷山(左)・毛勝山南峰(中)・毛勝山主峰(奥))
この合宿、ムスターグ・アタでの高所食のトライアルも狙いのひとつ。満足度:「こんな物でしょう」と思うか、「なにか物足りないね」と思うか、置かれた条件下での心の持ち様次第でしょうか。
我思う、山登りにはやはり相当の忍耐と諦観が必要ですネ。
5月6日の行動開始、峠から観たほどルートは難しくなく順調に高度を上げていき、後を振り返れば高曇りの天候のもと、剣岳頂上から池の平山まで続くアルペン的稜線と黒い岩壁、その右側には女性的たおやかさで白く輝く大日の三つの峰々、左側北仙人尾根越しには鹿島槍の秀麗な双耳峰がいつも通りその存在を主張しています。
アイゼンとピッケルの登攀、快調にピッチが上がります。急な雪の斜面を直登すると、程なく猫又のピーク(2,378m)に到着、峠から633m、2時間程のアルバイトでした。
待望の毛勝三山、猫又山の北には三山で一番標高の高い釜谷山(2,415m)、その後方には南北二つのピークを持つ毛勝山(2,414m)が指呼の距離に聳えています。 今日はここまで。いつの日にか残された二峰の頂に立って、毛勝三山完登を目指したいものです。
下山は脱兎の如し、明るく楽しい気持ちで雪下り。 ただ、たった一日でスノーブリッジの状態が悪化しています。一週間遅れればブナクラ谷の危険度は格段に高まることでしょう。 41年前の同時期のと状態と大違い、地球温暖化の影響がここにも及んでいる様です。
もう一晩馬場島でテント宿営。 本日5月6日はGW連休も終わりに近く、辺りには誰も居りません。我々の車が最後の一台になりました。 昨年に続き今年も馬場島独占です。
またまた大痛飲、いつどうやって寝たのか定かではありません。ここで一昨日の悪い予感が的中、現実化しました。夜半から外は暴風雨、なぜかテントの入り口は全開、雨が構わず吹き込んいることに誰一人気づきません。 最外で寝袋を掛けたままで寝ていたM君、顔に吹き付ける雨に堪らず目が開きました。 見れば彼は腰も背中もどっぷり水に浸かり(*ノーマット)、起き上がれば水が流れ落ちる始末です。
そして一言彼曰く、「体温発熱と徐々に侵入してくる水の量との温水化バランスがとれているなら、水の中で横になっても冷たさを感じることなく熟睡できるものですナ。ゆで蛙と一緒です。」
やはり毛勝三山登山、水との戦いは今回も避けられないものでした。 お粗末・お粗末。
幸いムスターグ・アタは超乾燥のタクラマカン砂漠南縁の山、水との戦いは無縁でありそうです。
ともあれ、二回目の毛勝三山挑戦は、この様にほぼ成功の内に無事終了することが出来ました。
皆さん、ご苦労様!同志社の60台まだまだ若く元気です。
(*この後、我々パーティーは雪の立山に赴き、みくりが池温泉の快適な生活、星空と碧空を心よりエン ジョイしました。)

(立山室堂から望遠で望む赤谷山(中央左)と右奥に連なる毛勝三山
文と写真 S42卒(法) 宮川 清彦
