鹿島槍ヶ岳 大冷沢遭難50年忌現地供養


   50年忌供養  左より 中田、片岡   (トメ岩にて)
昭和26年6月、大冷沢の「トメ岩」(雪崩は、この岩でトメるという意味)の常識を超えた雪崩の、ものすごい「デブリ」から4名の遺体を掘り出して、そのすぐ側で荼毘を行った当時の現役12名中、死去、連絡不明、体調不良等で、中田順一、片岡於ゃゃ菟莵平、乾好の3名となったが、平成18年9月27日に鹿島部落の狩野さん宅に「80年誌」を携えてお伺いした。
当時、大変お世話に なった「おばばさん」はすでに他界されておりましたが、息子さんの狩野治一さんも5年前に死去され、その奥さんの律子さんは83歳というご高齢にも拘らずお元気でした。

             乾        中田       片岡
                      狩野律子さん
   
50年前、松本敏夫さん達が大冷沢へ出発する前日、「いろり」で談笑されておった時のことを覚えておられ、話を伺いました。
狩野宅の裏の爺ヶ岳東尾根の登山口には、日本山岳会の槇有恒氏によって建立された立派な「おばばの碑」が立っていました。
 
  その碑には
       母きく能の遺志に依り
       山の無事と遭難者の慰
       霊をあわせ祈念し、この
       碑を建つ、命名して
       おばヾの碑 山の思い出は
       天地ある限り、いつ迄も
         昭和五十二年九月
               狩野治一
                  律子
   とありました。
また、昭和の初期より始められている和紙の毛筆による宿泊者の署名書は、大町山岳博物館へ寄贈されたとのことでした。
遭難当時、大変お世話になった「おばばさん」と「治一さん」の仏壇に「80年誌」をお供えして、大冷沢の「トメ岩」の現地へ向かい、持参したお花とお線香を供えて供養を行いました。
翌28日には遠見尾根合宿でお世話になった神城の下川又寛さん宅、また、八方尾根合宿や、当時ガイドとして大冷沢遭難の捜索には大変お世話になった細野の大谷袈裟義(89歳で健在)さんを訪問して「80年誌」を渡しました。
しばらく内容を見ていただき、懐かしい名前を発見され涙ぐんでおられました。
今は2~300人宿泊出来る「ローゼンハイム白馬」ホテルの経営者として、息子さん夫婦と共に現役として活躍されております。

         片岡     乾    大谷袈裟義さん   中田
    
                  中田      乾      片岡
 
3名でゴンドラの助けを借りて、八方尾根の八方池まで登り、昔3月にアタックした「不帰」を眺め、懐かしく想って帰途につきました。
        元、山岳部マネージャー(現 奈良県支部長)   乾  好

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同志社大学山岳会は同志社大学体育会山岳部のOB会です。

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