阪神支部報告書(2004年度活動報告)-阪神支部事務局編集

新年会
一月二十五日(余部先輩宅[大阪市福島区])
参加者
岩田陽一、尾崎一郎、平林克敏、植西武司、佐藤和男、川合愛明、小川允巳、大澤義雄、水落和洋、土田雅章、木村久富、大塩幸男、森永省三、下村嘉明 高橋由文、高塋範
比良山
二月二十八日~二十九日(比良山[比良ヒュッテ泊])
参加者(*は日帰り)
室野進、植西武司、小川允巳、寺倉惣吉夫妻、大沢義雄*、水落和洋、木村久富*、大塩幸男*、下村嘉明、高橋由文、吉田尚
二十八日 高曇り
比良ロッジ12:00~(リフト利用)~13:00武奈ヶ岳13:30~14:00~釣瓶岳14:10~15:40比良ロッジ

 二十八日は比良ロッジから武奈ヶ岳経由で釣瓶岳ま曇りで、周辺の山々は見えても遠望は利かない。武奈ヶ岳の山頂でたまたま堀越さんと出会う。一昨年は川田さんと出会ったし、武奈ヶ岳は「人と会う山」との感想を抱く。武奈ヶ岳から釣瓶岳までは雪稜歩き。稜線上から振り返る武奈は、登るのがしんどそうなくらいに高い。ロープウェイが廃止されたら、もうここまで来ることはできないだろうなと思いつつ山頂を後にする。釣瓶岳の山頂を踏んだあと、稜線上のコルまで戻り、沢沿いに八雲ヶ原を目指す。
二十九日 雨~曇り
比良ロッジ9:40~釈迦岳10:30~ヤケオ山12:00~(ルート間違え戻り)12:30~尾根下降13:00~15:00近江舞子駅
 二十九日は室野・水落・下村・高橋・吉田の五名で、比良ロッジから釈迦ヶ岳・ヤケオ山経由で北小松下山のルートを目指す。釈迦ヶ岳とヤケオ山までは無事到達。遠くの視界が利かないので、ヤケオ山からは目の前の尾根伝いに下降を始めるが、ルートはすぐに谷に吸収されている。慌てて尾根上まで戻ってルートを再検討。赤旗に導かれるルートはあるものの方向が違っている。とはいえ地図上で確認できる方向にルートらしきものは見あたらない。実際に下りられそうなところは赤旗のルートしかないので、不安に思いつつも下降開始。しばらく下ると太い夏道になり、斜面の向きからして琵琶湖方面へまっすぐに降りているのが分かる。もっとも最終的に下山したのは目的地の北小松ではなく近江舞子駅だった。これで二年連続のルート・ミスである。山を舐めたらあかん。比良を舐めたらアカン。
六甲ハイキング(油こぶしルートと裏六甲+鹿の子温泉からとの湯)
六月二十二日
参加者
岩田陽一、尾崎一郎、室野進、小川允巳、水落和洋、下村嘉明、森本省三、高橋由文、ゲスト:金、長田
 阪急六甲駅に全員集まり、予定通り出発。心配された天気も台風の通過で雨の心配はなくなった。後の気がかりは平均年齢の高いパーティが無事に最後まで歩けるかどうかである。自称二十九歳のゲスト氏も実際にはあまり平均年齢を下げてくれそうもない。六甲ケーブル下駅より右手の道をたどり、油こぶしのルートを登る。道はよく歩かれていて登りやすい。途中、展望台のある休憩所で小休止をとった後は稜線まで一気に登る。ドライブウエーに出ると、どこからともなく焼酎が出現。ドライブウエーを少し歩いて記念碑台の公園まで来たところで昼食と小宴会。午後は裏六甲の林の中、快適な下りを二時間ほど歩いて神戸電鉄の唐と台駅へ下山。駅の近くにある「鹿の子温泉からとの湯」でゆっくり汗を流して、再び小宴会。軽めの山行だったが、のんびりとした一日を過ごすことができた。
阪神支部五周年記念ビヤパーティ
七月十二日(ホテルニューアルク[神戸])
参加者
岩田陽一、田尻功、尾崎一郎、室野進、小川允巳、大澤良雄、水落和洋、土田雅章、弓場博行、大塩幸男、下村嘉明、高橋由文
高見山
七月三十一日~八月一日(高見山[民宿みのや泊])
参加者
尾崎一郎、室野進、植西武司、大澤良雄、水落和洋、大日常男、土田雅章、木村久富、森本省三、高橋由文
七月三十一日 雨
 台風の影響から参加者が当初の予定から七名減少して十名となる。初日の七月三十一日は榛原駅に集合して民宿での懇親会のみ。翌日の晴天を祈りつつ、昔話で盛り上がる。
八月一日 雨
8:00民宿出発~8:10平野登山ロ~9:00高見杉~11:000頂上(昼食)、13:00下山
 八月一日もあいにくの雨。土砂崩れの危険性もあり、谷筋歩行や長時間の行動はリスクが大きいため、計画の明神岳・薊岳は断念して高見山に登ることにする。民宿から山頂までの往復コースだが、全員ずぶぬれとなりながら無事踏破。下山後は温泉に浸かり体を温め、ビールで乾杯し家路につく。
京都北山(佐々里峠雷杉周辺[佐々里峠尾花小屋泊]/桑谷山[日帰り])
十月二十三日~二十四日
参加者
佐々里峠パーティ
岩田陽一、植西武司、川合愛明、俣木繁一夫妻、吉川夫妻(俣木知人)
桑谷山パーティ
小川允巳、大沢良雄、水落和洋、大日常男夫妻、森本省三、木村久富
佐々里峠パーティ
二十三日 快晴
 岩田・植西・川合の三名は車で若狭街道を経由して佐々里峠の尾花小屋着。別行動の俣木夫妻・吉川夫妻は、美山の古い藁葺きの家屋を尋ねて迂回してきたとのこと。夕刻小屋のオーナーの小川氏が加わって、枯れ木や炭の火を囲んで大宴会。
二十四日 快晴
 尾花小屋8:30~佐々里峠から旧街道を歩行し主稜線9:00~雷杉10:30~尾花小屋13:30
 佐々里峠から旧街道を歩行し主稜線を東に入って雷杉へ。小休止の後いよいよ大杉の群生地帯に進入する。馬鹿尾根で方向を確かめながらやっと大杉を発見、樹齢三千年とも七千年とも言われる芦生杉である。屋久島の縄文杉といずれ劣らぬ巨木である。さらにその兄弟分とも言われる、これも大杉を七本観測したが、まだ他にもあるようだ。雷杉の稜線で、今朝入山したはずの日帰り組を携帯電話で呼び出してみると小川さんに通じる。遥か彼方の尾根筋を歩いている見えない皆さんと数分間交歓できた。
桑谷山パーティ
二十四日 快晴
京阪出町柳駅集合、7:50発広河原行き乗車
大悲山口バス停9:40~取付の道標10:15~桑谷山東峰11:35~西峰12:00~久多峠の林道14:05~能見口バス停15:45
 京阪出町柳駅に集合して七時五〇分発広河原行きのバスで大悲山口へ向かう。バス停から川沿いを山へ入っていくと、左からの沢が合流するところに橋があり、それを渡って林道を登る。林道のほぼ終点に右手の尾根筋へ取り付く道標があった。さっそくの急登だが、ステップがあって道は整備されている。途中、樹齢何百年かと思われる芦生杉の自然木の風雪を経た姿がところどころに現れる。やがて東側の尾根へ大きくまわりこみ、広く木々が伐採されたところへと出て、高圧線の鉄塔にぶつかる。見晴らしはいいが、紅葉にはまだ二週間ぐらいは早い。山道には台風の強い風を受け、杉の葉が朱色に枯れ落ちている。それからは高圧線を上に見上げながら尾根筋を登り、桑谷山東峰に着く。さらに本来の頂上である西峰を目指し、西へ尾根筋をたどる。西峰の頂上では三角点を囲んで昼食をとり、記念撮影。下山は東峰へもどり、北側へ延びる尾根筋をたどる。台風の影響で道が崩れたところもあったが、尾根伝いの下降で久多峠の林道に着く。林道を左へ入り、能見川に沿って下り、能見口バス停着。十六時七分発出町柳行きのバスで京都へ。
忘年会
十二月五日(大野屋[難波])
参加者
岩田陽一、田尻功、室野進、小川允巳、大澤良雄、水落和洋、間瀬伸一、森本省三、大塩幸男、下村嘉明、高塋範

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同志社大学山岳会は同志社大学体育会山岳部のOB会です。

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