西北ネパール探査・トレッキング2010

   ―これは隊の公式報告ではなく、参加者の個人的な速報投稿です。(今成記)―

構成メンバー:隊長 和田豊司(’68工卒・院工)

        :隊員 今成征三(’62法卒)、山口尚紀(商4)、柴山雄太(法3)



10月7日

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和田隊長のお孫ちゃん二人の見送りを受けて、10時過ぎに中部国際を発ち、香港、ダッカ経由(なぜか)で、夜10時過ぎカトマンズ・トリブバン国際空港着。

空港は相変わらず薄暗く、ガラスの向こう側で多くの人たちがうごめいている光景は、「ネパールに来た」という気持にさせてくれます。

ごった返す人の中に、それとなくエージェントの出迎えらしき人の姿を探していると、若いネパール人が笑顔で近付いて来て話し掛けられた。

「イマナリさんお久しぶりです」、『???』薄暗い中でよく見ると、ネパール人と思ったのはチャンラ隊の小林君だった!



8日

いいタイミングで、チャンラ峰(6563m)の初登頂を果たした現役4人とカトマンズで出会い、今夜は「チャンラ登頂祝い」を和田・今成共催で行うことになった。

なぜか中務君が、日本大使館の先に日本料理店があるというので、行ったことのないその店(こてつ)へ。

食いがたっている学生達に、「なんでも食べていいよ」と鷹揚に・・・。

「モズクが食いたい」、「サシミが・・・」、「豆腐も」、「テンプラも」

出て来たものが次から次と消えて行き、フツーに空腹の二人のOBは、ただ見ているだけで全く箸を出すチャンズがなく、私はもっぱら酒をお代わりして過ごした。

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       後列: 山口、小林、柴山   前列: 和田、中務、今成

                    満足気な学生達



9日

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この飛行機でカトマンズから熱帯のネパールガンジへ、そして街には立ち寄らずすぐさまチャーター車でスルケットへ。

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              途中のレストランで昼食をとる和田隊長

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                  ダルバート/タルカリ

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                外から見たレストランから出て来たのは柴山くん

シミコットは物価が高い(日本並み)というので、探査行用の食料の大部分を重量オーバーしない範囲でカトマンズで購入し、野菜などはここスルケットで買い入れるということでバザールへ繰り出した。

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南系の立派な体格の米やのおばちゃんに、「なんであんたら男ばかりなの?」と笑われた。

米はスタッフ用のインディカ米。

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スルケット飛行場前のロッジ、名前はネパール語でわからなかったが、シャーワーからはしっかり水が出たがいくら待っても湯は出なかった、ま、当然といえば当然だが。

明日は7時発のチャーター便でシミコットへ向かう。



10日

6時にロッジを出るため食事はなしでミルクティーのみ。

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 これが我ら4人のチャーター機、山口君が左手に持っているダンボールの中身は玉子

(定期便の飛行は期待できない?とのことでチャーターすることとなった)

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   パイロットの肩越しに見えた同志社の山「サイパル」、この辺りではひと際大きい

「短くも長くもない」というパイロットの説明どおり、シミコットまで40分ほどのフライトだった(アシスタントはネパール人女性)。

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             未舗装の飛行場、それもかなりゴツゴツの滑走路

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    チャンラ登山隊と分かれて、ここで待機していたポーター君たちが出迎えてくれた

我々のは1番機で、荷物が運び出されるの見ていると、2番機がこれから離陸?と思わせるようなスピードで横を通過した。

ザザーッと大きな音がして、ちょっとしてサイレンが鳴って救急車のような車が出動・・・。

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               こんな状態で半回転して止まったようだ

あぁ1番機でよかった・・・。



シミコットの標高は3000m、真夏のスルケットから晩秋のシミコットへ。

あわてて短パン・半袖シャツから冬仕度に。

パスポートとトレッキング・パミッションを持って警察へ、戻ってきたパスポートにはイミグレイションの「DEPARTED」の印が?  出国?

(警察へ行ったはずだが・・・。小さな街中に警官の姿がやけに目立つ、国境が近いからだろうか。)

「これはカトマンズから出国する時に、いつ入国したのかとかいわれたらどないなるんやろ」と柴山君が興味を持ってしばらく盛り上がった。

今夜の宿は空港近くの「タカリ・ゲストハウス」で、ご主人は空港の職員のよう。

夕食は学生たちのリクエストで、またもダルバート、現役二人は毎食ダルバートでいいと言い、盛んにお代わりしている。

部屋はツインで厚手の毛布が用意されていて、電気もいろいろなスイッチがあったが、点かなかったり停電したりといった現状。

空港前の街の中の建物は、ほとんどが石造りで色彩に乏しい感じ(飛行場が建設されてから出来た新しい村らしく、旧村は数分先にある)、もちろん動力で走るものは滑走路内だけ、道は溝あり小山ありで、ブラブラ歩くには向かない。



さて、今回の探査・トレッキングの西北ネパールとはどの辺りか

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左上部の線で囲まれたsimikotから始まった。

                そして、空港にはこんな看板が

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          フムラ郡シミコット、「知られざるヒマラヤへようこそ」とある



11日 晴れ

7時30分朝食、9時15分出発。

スタートの今日は、現役のチャンラ登山隊が、帰路に現地の人同士の争いに巻き込まれたという「ドザム」集落(村)を通過する。

この探査行で一番高いハードルと懸念され、現役隊から避けて通るべきだといわれていたが、付き合いの広い和田隊長のネパール・ルートで、シミコット在住ののロカヤ氏のご尽力を頂くと共に、警察回りを周到に行って万全を期しての出発だった。(現役が村人同士のトラブルのトバッチリを受けた件については、チャンラ隊の公式報告をご覧ください)。

なぜ警察まわりをしなければいけないのか?

無用なトラブル避けるためで、本署に挨拶しておけば、ドザム村手前のチェック・ポストに連絡がいくはずとの読みもある。

ドザムは、今回の探査行でたどるドザム・コーラ流域最後の集落。

聞かされていた、麻薬と昼から酔っ払いのいる村といった先入観を抱いて集落に入ると、なぜか村人の目が厳しく感じ、何かいいがかりを付けられるのではないかなどと思えたりして、全員が離れることなく揃って足早に通過した。

15時40分テント場着、現役と隊長に負けじと頑張ってみたが・・・。PICT0060(2)a

                  これはキッチン・テント

夕食前にテント内でストレッチしていると、思いがけない部分がケイレンして、鎮めようとするのだが、あちこちに転移して四苦八苦してしまった。頑張り過ぎたか?

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                   こんな山がザラに現れてきた



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                 これはミツバチの巣箱だという・・・



★家庭の事情があって、この2年間ほどは地元の筑波山しか行っていなかったが、スポーツクラブに通って体に刺激は与え続けていた。

山歩きで使うの筋肉と、スポ・クラでのマシーンを使ってのトレでは、鍛えられる部分がまるで異なるのだが、今年なってから山歩きに復帰し、奥多摩や月山、槍ヶ岳などを歩いているので、そこそこについて行ける、いや一緒に歩けるといった自信を持って参加した。

なのに、初日で若い二人と、七つ違いの若いおじさんに見事打ち砕かれてしまった。

これから先もこんな状態が続くのだろうか・・・。



12日 晴れ

今日の行程は長いらしい。

3000mのシミコットから1000m近く下ったドザム村の先の、暖かいテント場を7時15分出発。

左岸に渡り、2ピッチほど急な登りを頑張ったものの、苦しくなって先頭を和田君にゆずり、これまた急な下りに手を焼き、右岸に移って広々とした牧草地を、遅れながらも3人を追っていると、後ろからポーター君の声が聞こえて来たので、前の3人に声をかけて立ち止まった。

話しを聞くと、馬(ラバ)が見つからなく、荷物隊の出発が遅れているので、ここで待って欲しいとのこと、11時。

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     歩きながら余裕で拾い集めたクルミを割って、「美味い」とご機嫌の柴山くん

待てど暮らせど荷物隊が現れない、もしかしてきのうのテント場へ戻る?

「あの急な登り下りはカンベンして欲しいな」が全員の気持。

業を煮やした和田君が左岸に渡ってみたものの、まるで見えないという。

戻るのか、先に行くのか、ここに留まるのか・・・。

16時になって荷物とサーダーがやって来た、なんと11時から5時間も待ったのだ。

カッチャル7頭の内4頭が見つからず、スタート出来たのが1時半過ぎだったという、あちこちの牧草地へ散ってしまったらしい。

あり得ることだがどうせならゆっくり寛いで待ちたかった。



13日 晴れ

きのうの遅れを取り戻すため7時出発、頑張って16時ラレ・コーラ出合いのキャンプ場着(3900m)。

いくつものカルカ(牧草地)があったが、すでに牛なのどの姿はなく我々だけの世界となった。

トレッカーなどはいる由もない別天地だ。

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               どことなく梓川畔を思わす岸辺でひと休み

早い歩調にヘトヘトではあるが、休憩の度にまわりを見回すと、疲れなどは吹っ飛んでしまう、一つ一つの景色が新鮮なのだ。



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            ガケをまわりこむような道、これは好きな光景だ

こんな道がずっと続けばいいのだが・・・。

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              紫色のドザム・フウロ?

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花の写真を撮っていると、それには興味のカケラも持たない3人は待ってくれない、一つ撮ると5分・・・追いつくのは休憩して待っていてくれる時だけだ。

富士山を超える高度になるため、遅れないようにと思いつつも、極力ゆっくり歩いて高度順応を心がけた。

あせって高山病になっては自分だけではなく、他のメンバーにも迷惑をかけることになるので、大きく深く呼吸しながらゆっくり歩くように心が掛けた。

学生達は登山活動で高度順化済み。

私よりかなり早い歩きの和田隊長は、彼のペースで歩いているのだろう。

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       モモ(蒸し餃子)とレバー・ステーキにニンマリの和田隊長、これなら大丈夫



☆食事

和田君も食欲旺盛だが、若者のそれには食事の度に驚かされる。

まず、必ずお代わり用のご飯などが入った、ナベのような容器に盛られたご飯やオカズはすべて平らげる。

どうみても味で食べてるわけではなく、湧き出る食欲をとにかく満たしているといった感じで胃袋へ投げ込むのだ。

私などは、盛られた皿のものも食べきれず、ぐっさん(山口くん)に「食べてくれるか」と毎度のようにお願いしている。

(ぐっさんに「いえ、もう」などと断られたことは、この探査行を通じて一度もなかった。二人は山岳部の仲間内では特に「食べる」方ではないという。)

私にはどうも味が・・・。

一般的なトレッキングなどのように、専門のコックさんではないので贅沢は言えないが、たっぷり茹でたスパゲッティーのケチャップ和えなどは何だかエサっぽかった。

低沸点の影響もあるのだろう。

それでもなるべく義務を果たそうと努力を怠らず、「食わなきゃ歩けないゾ」の思いがあって日々苦行。

香港で買った1㍑ビンのウィスキーを、初日から柴山くんとチビチビやっていて、それが胃を刺激してくれる。

二人はアルコールを口にしないため、すぐに食事が開始されてしまうので、「イッパイやろう」のタイミングが難しいのは下界も山も一緒だ。

ダイニング・テントで8時ころまでだべったりして、「こんな早くは眠れないなぁ」と言いながら二人ずつテントに分かれる。

そして、おじさん組はなぜか眠れてしまう。

ぐっさんは良くメモ(書き物)をする、食事の前でも後でも時間があるとノートしている。

歩行中の休憩時にもだ。

「よく書いてるな」と聞くと、「ハイ、ノート2冊目です」

柴山君は話題が豊富で、彼の話が子守唄に聞こえてきて、いつの間にか寝てしまう。



☆テント

①キッチン・テント : 大型ひと張り、食事作りとスタッフの寝泊り用

②ダイニング・テント : メンバーがそろって食事する6人用くらいのテント、2名がそのまま寝泊   

③フツーのテント  : メンバー2名用

和田隊長の提案で、メンバー間にイライラが起きないように、ローテーションを組んで日替わりにしようということになった。

まずは和田・イマナリ、山口・柴山を基本セットに、今成・柴山、和田・山口という風に替えたりしたが、後半は最初の組み合わせに戻ることになった。

同じようなメンバーで幾日もテントを共にすると、不快感が湧いて来たりするのはごく普通のことだが、今回はメンバー構成がよかったのか、また、高度による影響がほとんどなかったことも好結果を生んだ一因だったかもしれない。



14日 晴れ

きょうはドザム・コーラ支流のラレ・コーラを探査することとした。

和田君と私は高所順応を兼ねての行動日でもある。

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                のどかそうなテント場が貸切りである



きのうがハードだったので、今朝はゆったりめにモーニング・ティーを飲み、9時過ぎに和田君と二人でスタートした。

今日の行動はメンバーだけで、キッチン・スタッフは休養日、サーダーと馬方が(ラバで)僅かのキャンプ用具を運び、ぐっさんと柴山君はカッチャルに乗ってわれわれ二人を追って上流のテント場へ移動するということとなった。

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   余裕がありそうに見えるが、二人とも騎乗して10mも歩かない内に落馬してという



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       チベットなどで乗馬経験豊富な和田隊長は、見るからにヨユー

さて、私はというと、和田隊長に「若い内は落馬しても受身ができるけど、歳をとるとどうなるかわからないので、気をつけてくださいよ」といわれ、馬方に支えられ跨ってみた。

「う~ん、やべぇー」、キンチョーの塊、自分の意思・推測などとは違った動きをする。

馬方は左手で手綱を持ち、右手はタテガミをツカメという。

平な道はほとんどなく、段差で落ちそうになって馬方に背中を押されたり・・・見ると馬方は呆れ顔だった。

緊張で、つかんだタテガミを束で抜いてしまいそう!

結局1時間ほどの戦いでリタイアすることにし、一人だけ歩いて行くことにした。

いやはやくたびれました。

あっという間にメンバーたちは視界から消えてしまった。



      見えた山、山

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       この時期、この高度に(4000m)咲いていた花、花

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    タンポポに茎はほとんどなく、地面から咲いているように見えた



今、この草原で動いているの自分だけ、「3人と荷物隊はどこまでいっちゃったんだろう」と少し不安になって来た。

橋があった、渡って右岸に行くのだろうか? これは重要な分かれ道だ、なんのメッセージも残されていないから・・・。

不安になり、橋に近付いて地面の様子を探ってみた、ラバの足跡があるはず。

昔観た西部劇の老練インデアンの足跡判断のシーンを思い出した。

私自身が今回経験した最初の「探査」であった。

「渡ってないな」、ひと息入れようと座って休んでいると、遠くに馬方の姿が見えた。

何食わぬ顔できょうのテント場にたむろする仲間に、「おう」とか言って加わるのが常だ。

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       地図を開いて打ち合わせ中のメンバーとサーダーのゴンパ君 

午後は、今回の探査・トレッキングで、和田隊長がその目的として掲げてきた「6245m峰」の探査を実施するのだが、高度慣れしていないロートル組は、ラレ・コーラに沿って左岸をゆっくり登って4000m超えの高度順応。

自分にとって、今まで高度の影響を感じ出すのはいつもこのくらいの高度だったので、より慎重に歩くことにした。

学生たちはどんどん遡って行った。

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    サーダーと馬方は出合いのキャンプ場へ戻り、明日午後に迎えに来てくれる



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                        こんな山を見て

              PICT0109(1)a  

                          疲れて昼寝です



15日 晴れ

学生たちが作ってくれた朝食を食べて6時45分出発。

私たち二人は、きょうも高所順応を兼ねて4350mくらいまで登って、6245m峰の様子を観察し、若者たちは行けるところまで行ってみてもらうということになった。

       学生二人の動きを見上げながらわれわれも高度を上げて全容をとらえた

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概要を掌握し、若者二人の行動を見ながら10時30分アドバンス・キャンプへ下ることにした。

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           見てくれ、この笑みを! このためにここに来たんや!



テントをたたみ荷造りが終了しても迎えが来ないので、ラバで下る3人よりひと足早く一人で歩き出すことにした。

20分もしない所でサーダーと空馬を連れた馬方に出会った。

登りには弱いが、緩やかな下りは結構歩みに勢いがつく。

きょうも一人旅だ、周りには誰もいない!

日ごろ大声を出すことはないが、この青い大空と山に向かって叫んでみたくなった。

で、山に向かって何度も叫んでみた、そしたら歌が出てきた。

なぜか怒鳴るようにして歌うには不向きな、「この広い野原いっぱい」だったが、まあいいだろ。

思いっきり歌うと、不思議に胸が開けて気持がグーンと晴れて来た。

ヨシッ!3人より早く出合いのテント場へ行ってやるぞ!

日ごろのウップンを晴らしてやる!!

時々後ろを振り返りながら、歩きに力を入れた。

相手は知らない、自分だけの競争で自分の力を試すんだ!



ラバが順調に歩いた柴山君にはゴール寸前で追い抜かれたが、隊長と落馬してラバに逃げられたぐっさんよりテント場に早く戻ることが出来た。

(この自分の心の内を今日までメンバーには話していない)



16日 きょうも晴れ

今日はドザム・コーラを遡りニン・コーラの出合いまで行くという。

8時前に和田君と二人で先行。

橋があって渡るべきか思案していると若者二人がもう顔を出した。

この辺りは記憶がある二人に従って、渡らずに右岸を進むが、しばらくして荷物隊に追いつかれ、いつものように3人の後を歩くことにするが、きのうのような元気はない。

従って、あっという間に本隊と離れてしまい、休憩している間に追いつけなくなってしまったので、花の写真を撮ったりしながら適当に休み休み歩くことにした。

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             ハクサンフウロといった感じの花が

そうはいうものの毎度の一人歩きも長時間になると不安になって来る。

突然、歩いていた目の前の道に石が積まれて、封鎖されているのには驚いた。

この先危険とでもいう合図だろうかと不安が増す。

ところが、そこを乗り越えると柴山君が座っていた。

待っていてくれたらしい、ホッと一安心だ。

「この石は何?」と聞くと、「カッチャルがこれより下に戻らないように、馬方があっという間に積み上げました」とのこと。

「もうすぐですよ」といわれたが、なかなかテントは見えて来ない。

いくつかの丘を乗り越えて、今度こそと思ったところにひょっこり和田君が現れて・・・



17日 晴れ

冷えて外は霜で真っ白。

9時前にいつものように和田君と早発ち。

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この轍のようなものは放牧の動物道で、われわれもそれを伝って歩くのだが、人間にはほんの少し狭い

牛などはこの1本の道を4本足で歩く。

人間なら同じ道を辿って歩くのだが、動物たちはこのように明瞭な道をそろって歩くのは少なく、あちこちで消えてしまいわれわれを惑わす。

しばらくして、動物道が消えたので、これで地元の人たちも歩いていないところへ入れると思い、「探査」の実感が湧いて来た。

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しかし、まだ動物道があるらしく、もっと先へ進むようで、ぐっさんがサーダーたちと先行することになった。

まだまだ歩くのかと覚悟して、丘を越えたら河原にカッチャルが放たれていてテント場だった。

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             早速聞き取り調査を開始した和田隊長



18日 晴れ

ここベース・キャンプとして、若者二人とサーダーはテントを担いでさらに上流と国境沿いの山を探査することになった(詳細は登山隊の報告書などに掲載予定)。

われわれはテント場(約4500m)からの急な斜面に取り付き高台を目指した。

厳しい登りだが、動物道とケルンがある。

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                  テント場を見下ろす

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          これがきょう二人が目指す5200峰

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          きょうのランチ・ボックス、右端はオニギリ、赤いのはリンゴ

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           登れそうに見えた岩峰も、近付いてみるとこのとおり

結局、5050mがわれわれの最高到達点となった。



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19日 晴れ

浅い水辺には氷が張っている。

われわれ二人は休養日。

昨夜は若手に煽られて晩めし食べるということもなかったので、胃の具合がすっきりした感じで、モーニング・ティーが待ち遠しい。

食事はお茶の後30分くらいして運ばれてくる。

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      テント場はドザム・コーラ最後のカルカ、カッチャルも水辺から離れない

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日溜まりでキッチン君を通訳にして、馬方から地名や動物のことや川に魚はいないかとか近辺のことを聞き出している和田隊長

今日は池の周りに咲いている小さな花を写してみたが・・・。

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陽差しを背にメモ日記を書いていると、昼食のにおいが漂って来た。

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                     焼きソバ、四角いのはリンゴ

午後になって、まず柴山君が戻り、遅れてぐっさんとサーダー下りて来た。

若者二人はチャンワタン湖で泳いできたという。



これで今回の探査・トレッキングの活動は終了し、明日からは登って来た道を引き返すことになった。

往路に5日半をかけて登って来た道を3日で下るという。

それは馬方の希望(短縮しても契約どおりに支払いを得られるため)らしく、この3日間も苦行であったが、幸いにも苦行慣れして来て22日に無事シミコットへたどり着くことが出来た。

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                     帰り仕度

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          帰路のドザム① 

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                   ②

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                         ③

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                              ④

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     子供たちは村の入口の門までぐっさんにまとわり付いていた



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 シミコットに着き、全員が揃った唯一の写真を撮って探査・トレッキングの締めとした

チビチビ飲んだウイスキーも丁度なくなり、シミコットの夜はロキシーでカンパイとなった。

             ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

探査:探り調べること

調査:ことを明らかにするために調べること

トレッキング:高山の山ろくを徒歩で旅行すること。山歩き。



私自身は探査も調査にもほとんど参加も手伝いも出来ませんでしたが、思わぬ自分を探りあてたことは収穫でした。

しかし、若い二人の山岳部員と寝食を共にし、手助けしてもらったりして、若者の持っているものと触れ合えたことは大きな収穫でした。

夏の授業が8月10日くらいまで、12月は月末まであり、またイブは5日くらいしか山に入れないなどといった状況を全く知りませんでした。

毎晩のように、昔の山岳部の話や40年前のダウラギリの話、9年前のエベレストの話などを聞かされて辟易させたことと思うのに、素直に聞いてくれてありがとう。

このトレッキングは、一般的にいうトレッカーと頻繁に行き交う観光的な山ろく歩きではなく、シミコットを発ってからは現地の人たち以外にはだれとも会わない、自立的なものでした。

記述の詳細については、ぐっさんのように克明にメモをしていないので、一部記憶に間違いがあるかもしれません、どうぞご容赦を。

こうして完遂できたのは、出発直前に慣れないトレーニングで膝を傷めたにもかかわらず、計画とアイデアをその強靭な意志で実行・リードしてくれた和田隊長の力によるものと書き記させていただきます。

また、現役の登山隊同様に現地の諸手配を適切にしていただいたコスモ・トレックさんのご協力にも謝意を表したいと思います。

結論的には楽しかったです。

しかし、もう一度こうした探査行に誘われたら、丁重にお断りしたいと思います。



探査・トレッキングが天候に恵まれ予備日を使わず、馬方の意向で頑張ったため4日間の余裕ができました。

その内の1日は、シミコットで悪天候のたのめフライト待ちに一日を使いましたが、残りの3日はカトマンズとポカラで、めったに経験出来ない旅をおじん二人で楽しみました。

この場では報告出来ませんが、ポカラのある場所からの写真を2枚載せさせていただきます。

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そこから見えたダウラギリに和田君共々興奮しました、ダウラギリは今もわれわれの青春のピラミッドなのです。

                   ありがとうございました
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同志社大学山岳会は同志社大学体育会山岳部のOB会です。

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