Posted on 10 5月 2005 by dacob
新年会
一月二十五日(余部先輩宅[大阪市福島区])
参加者
岩田陽一、尾崎一郎、平林克敏、植西武司、佐藤和男、川合愛明、小川允巳、大澤義雄、水落和洋、土田雅章、木村久富、大塩幸男、森永省三、下村嘉明 高橋由文、高塋範
比良山
二月二十八日~二十九日(比良山[比良ヒュッテ泊])
参加者(*は日帰り)
室野進、植西武司、小川允巳、寺倉惣吉夫妻、大沢義雄*、水落和洋、木村久富*、大塩幸男*、下村嘉明、高橋由文、吉田尚
二十八日 高曇り
比良ロッジ12:00~(リフト利用)~13:00武奈ヶ岳13:30~14:00~釣瓶岳14:10~15:40比良ロッジ
二十八日は比良ロッジから武奈ヶ岳経由で釣瓶岳まで。高曇りで、周辺の山々は見えても遠望は利かない。武奈ヶ岳の山頂でたまたま堀越さんと出会う。一昨年は川田さんと出会ったし、武奈ヶ岳は「人と会う山」との感想を抱く。武奈ヶ岳から釣瓶岳までは雪稜歩き。稜線上から振り返る武奈は、登るのがしんどそうなくらいに高い。ロープウェイが廃止されたら、もうここまで来ることはできないだろうなと思いつつ山頂を後にする。釣瓶岳の山頂を踏んだあと、稜線上のコルまで戻り、沢沿いに八雲ヶ原を目指す。
二十九日 雨~曇り
比良ロッジ9:40~釈迦岳10:30~ヤケオ山12:00~(ルート間違え戻り)12:30~尾根下降13:00~15:00近江舞子駅
二十九日は室野・水落・下村・高橋・吉田の五名で、比良ロッジから釈迦ヶ岳・ヤケオ山経由で北小松下山のルートを目指す。釈迦ヶ岳とヤケオ山までは無事到達。遠くの視界が利かないので、ヤケオ山からは目の前の尾根伝いに下降を始めるが、ルートはすぐに谷に吸収されている。慌てて尾根上まで戻ってルートを再検討。赤旗に導かれるルートはあるものの方向が違っている。とはいえ地図上で確認できる方向にルートらしきものは見あたらない。実際に下りられそうなところは赤旗のルートしかないので、不安に思いつつも下降開始。しばらく下ると太い夏道になり、斜面の向きからして琵琶湖方面へまっすぐに降りているのが分かる。もっとも最終的に下山したのは目的地の北小松ではなく近江舞子駅だった。これで二年連続のルート・ミスである。山を舐めたらあかん。比良を舐めたらアカン。
六甲ハイキング(油こぶしルートと裏六甲+鹿の子温泉からとの湯)
六月二十二日
参加者
岩田陽一、尾崎一郎、室野進、小川允巳、水落和洋、下村嘉明、森本省三、高橋由文、ゲスト:金、長田
阪急六甲駅に全員集まり、予定通り出発。心配された天気も台風の通過で雨の心配はなくなった。後の気がかりは平均年齢の高いパーティが無事に最後まで歩けるかどうかである。自称二十九歳のゲスト氏も実際にはあまり平均年齢を下げてくれそうもない。六甲ケーブル下駅より右手の道をたどり、油こぶしのルートを登る。道はよく歩かれていて登りやすい。途中、展望台のある休憩所で小休止をとった後は稜線まで一気に登る。ドライブウエーに出ると、どこからともなく焼酎が出現。ドライブウエーを少し歩いて記念碑台の公園まで来たところで昼食と小宴会。午後は裏六甲の林の中、快適な下りを二時間ほど歩いて神戸電鉄の唐と台駅へ下山。駅の近くにある「鹿の子温泉からとの湯」でゆっくり汗を流して、再び小宴会。軽めの山行だったが、のんびりとした一日を過ごすことができた。
阪神支部五周年記念ビヤパーティ
七月十二日(ホテルニューアルク[神戸])
参加者
岩田陽一、田尻功、尾崎一郎、室野進、小川允巳、大澤良雄、水落和洋、土田雅章、弓場博行、大塩幸男、下村嘉明、高橋由文
高見山
七月三十一日~八月一日(高見山[民宿みのや泊])
参加者
尾崎一郎、室野進、植西武司、大澤良雄、水落和洋、大日常男、土田雅章、木村久富、森本省三、高橋由文
七月三十一日 雨
台風の影響から参加者が当初の予定から七名減少して十名となる。初日の七月三十一日は榛原駅に集合して民宿での懇親会のみ。翌日の晴天を祈りつつ、昔話で盛り上がる。
八月一日 雨
8:00民宿出発~8:10平野登山ロ~9:00高見杉~11:000頂上(昼食)、13:00下山
八月一日もあいにくの雨。土砂崩れの危険性もあり、谷筋歩行や長時間の行動はリスクが大きいため、計画の明神岳・薊岳は断念して高見山に登ることにする。民宿から山頂までの往復コースだが、全員ずぶぬれとなりながら無事踏破。下山後は温泉に浸かり体を温め、ビールで乾杯し家路につく。
京都北山(佐々里峠雷杉周辺[佐々里峠尾花小屋泊]/桑谷山[日帰り])
十月二十三日~二十四日
参加者
佐々里峠パーティ
岩田陽一、植西武司、川合愛明、俣木繁一夫妻、吉川夫妻(俣木知人)
桑谷山パーティ
小川允巳、大沢良雄、水落和洋、大日常男夫妻、森本省三、木村久富
佐々里峠パーティ
二十三日 快晴
岩田・植西・川合の三名は車で若狭街道を経由して佐々里峠の尾花小屋着。別行動の俣木夫妻・吉川夫妻は、美山の古い藁葺きの家屋を尋ねて迂回してきたとのこと。夕刻小屋のオーナーの小川氏が加わって、枯れ木や炭の火を囲んで大宴会。
二十四日 快晴
尾花小屋8:30~佐々里峠から旧街道を歩行し主稜線9:00~雷杉10:30~尾花小屋13:30
佐々里峠から旧街道を歩行し主稜線を東に入って雷杉へ。小休止の後いよいよ大杉の群生地帯に進入する。馬鹿尾根で方向を確かめながらやっと大杉を発見、樹齢三千年とも七千年とも言われる芦生杉である。屋久島の縄文杉といずれ劣らぬ巨木である。さらにその兄弟分とも言われる、これも大杉を七本観測したが、まだ他にもあるようだ。雷杉の稜線で、今朝入山したはずの日帰り組を携帯電話で呼び出してみると小川さんに通じる。遥か彼方の尾根筋を歩いている見えない皆さんと数分間交歓できた。
桑谷山パーティ
二十四日 快晴
京阪出町柳駅集合、7:50発広河原行き乗車
大悲山口バス停9:40~取付の道標10:15~桑谷山東峰11:35~西峰12:00~久多峠の林道14:05~能見口バス停15:45
京阪出町柳駅に集合して七時五〇分発広河原行きのバスで大悲山口へ向かう。バス停から川沿いを山へ入っていくと、左からの沢が合流するところに橋があり、それを渡って林道を登る。林道のほぼ終点に右手の尾根筋へ取り付く道標があった。さっそくの急登だが、ステップがあって道は整備されている。途中、樹齢何百年かと思われる芦生杉の自然木の風雪を経た姿がところどころに現れる。やがて東側の尾根へ大きくまわりこみ、広く木々が伐採されたところへと出て、高圧線の鉄塔にぶつかる。見晴らしはいいが、紅葉にはまだ二週間ぐらいは早い。山道には台風の強い風を受け、杉の葉が朱色に枯れ落ちている。それからは高圧線を上に見上げながら尾根筋を登り、桑谷山東峰に着く。さらに本来の頂上である西峰を目指し、西へ尾根筋をたどる。西峰の頂上では三角点を囲んで昼食をとり、記念撮影。下山は東峰へもどり、北側へ延びる尾根筋をたどる。台風の影響で道が崩れたところもあったが、尾根伝いの下降で久多峠の林道に着く。林道を左へ入り、能見川に沿って下り、能見口バス停着。十六時七分発出町柳行きのバスで京都へ。
忘年会
十二月五日(大野屋[難波])
参加者
岩田陽一、田尻功、室野進、小川允巳、大澤良雄、水落和洋、間瀬伸一、森本省三、大塩幸男、下村嘉明、高塋範
Posted on 13 4月 2005 by dacob
Posted on 04 2月 2005 by dacob
参加者
尾崎支部長、岩田、田尻、小川、水落、田中、間瀬、土田、森本、
下村、高、清水、吉田、大塩(記)、高橋(2次会参加)
李君(ゲスト:韓国人で同志社へ入学すれば、山岳部入部希望、高さんの知り合いの子息)

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毎年新年会は余部先輩邸をお借りして行っておりましたが、お宅を修理されるとのことで、今回は場所を代えて大阪駅前の北新地で行いました。1月29日(土)15時から始めて、今年の行事計画の内容と幹事役を決めた後、其々の近況と今年の抱負を披露いたしました。今年の行事計画は次の通りです。なお、5月に予定している韓国済州島行きは阪神支部結成5周年記念行事として企画して、参加希望者を本部、各支部から募り、OBの交流と親睦を図っていきたく思います。その為、改めてご案内はさせていただきますが、事務局に水落さん、渡航関係を清水さん(広島)、現地での交流を高さんにやってもらうことになりました。
17年度の行事予定
2月(19、20日) 冬山登山(高橋)
5月(20、21、22日予定)済州島(ハンラ山登山、ゴルフ、高さん卒業高校山岳部OBとの交流等)
7月(中旬) 避暑ビアーパーティ(小川)
9月 奈良大台ケ原近辺山行と温泉(森本)
10月 京都北山山行日帰り組及び宿泊組(岩田、木村)
12月 忘年会 (下村)
以上の行事を予定しています。其々の幹事が知恵と人脈を使い、より経済的により楽しくを実践して、内容のある行事を通じて、親睦を図って行きたいと思っています。
尾崎支部長からは、山岳部OB会費は出来る限り義務として納めるようにとの苦言がありました。
広島から参加した清水さんからは、日本山岳会関西支部70周年記念事業として和田さんと参加した西チベット学術調査の簡単な報告と協力に対するお礼がありました。
小川さんからは、山岳部のHPが開設されたので、これからこのような行事の報告、案内とかをHPを活用してやっていきたいとの提案がありました。関東支部の今成さんからも阪神支部のこのような行事の模様をHPに寄稿して、みなさんの近況を知らせるようにお手紙を戴きましたと大塩の方から報告をしました。これは、関東支部の忘年会に唯一参加した高さんが、是非、新年会には関東支部の重鎮を呼ぼうとなって、幹事の私が伊東さんに相談しましたら、下村さんと今成さんと自分に案内書を送るようにということで新年会の案内をしました。生憎御三人とも都合が付かず参加いただけませんでしたが、今成さん、伊東さんの手紙を披露させていただきました。関東支部もアンダー60の参加が乏しくサラリーマン現役世代の参加策を練っておられるとのこと。
我々阪神支部はアンダー50の参加者をこれから増やして行きたいものです。因みに今回の参加者でアンダー50は清水、高、吉田君の3人です。
又、今回久しぶりに参加された田中さんは、普段はタイ国で少数民族自立プログラムをJICA無償援助資金を使い、地道に支援活動を3年間続けられ、現地政府は元より、日本側のJICAからも高い評価を受けておられるようです。サラリーマンでは既に停年を過ぎたお年で北タイでの活躍は今だ山屋魂を失わずという気概を感じるものです。
その他、高さんが連れてきた李君は中々のハンサムボーイで、本人は同志社以外の大学には目もくれず、今は猛烈に受験勉強をしています。入学すれば、山岳部に入部したいとのことで、高さんに次いで、山岳部に二人目の韓国留学生の誕生を出席者一同期待いたしました。
ワイワイガヤガヤで18時にお開きとなり、引き続き有志で二次会へと難波に繰り出しました。二次会のスナックのママは故岡田先輩(38年卒)の隣に昔住んでいて、岡田さんのお嬢さんの面倒も見たそうです。何と世の中は狭いものか、それは大阪が狭いのか。まあ、これも縁があり、土曜日にも関わらず店を開いて貰ってます。因みに場所は難波三津寺の横日宝ロイヤルビル2階 電話:06-6213-3153 畔(あぜ)です。
二次会は清水さんがマスター役と会を盛り上げるべく(そんな必要はないのですが)エンターテイナー役と遠路広島からの疲れも忘れ、大活躍で盛り上げて戴きました。清水さん芸のない幹事をサポートしてもらい改めてお礼申しあげます。
(文責 大塩)
Posted on 08 1月 2005 by dacob
新年おめでとうございます。
阪神支部は平成12年(2000年)5月に発足して5年が経過しました。
この間、阪神地区在住のOBが交流を重ね、年と共に親睦・交流の輪が順調に拡充定着の状況にあることは、誠に喜ばしく同慶の至りです。
定着した年間行事・山行は
例年1月に新年会を兼ねて、年間スケジュール策定会が福島の故余部先輩宅を一日開放いただき、恒例の年頭行事としてスタートします。
2月はわが支部で一番重要視している冬の雪山山行が、比良山系を舞台に実行されます。
しかし、比良ケーブルが平成16年をもって閉鎖されてしまったので、今年の計画が心配されます。

(2004年2月のこの山行の参加者は、植西・小川・寺倉夫妻・水落・下村・高橋・吉田・大沢・木村・大塩・尾﨑)
4月、春の山行は六甲山系を中心に、温泉入浴を組み込んで行われます。

(2002年5月の山行には15名の参加がありました。参加者は岩田・小川・寺倉夫妻・水落・弓庭・大塩夫妻・森本・高橋・高家族)
6月の夏山は、奈良支部の森本君(1975年卒)が計画責任者となって、大峰山系を中心に世界文化遺産に登録された吉野熊野十津川郷で、年間で最も参加者に人気のある一泊山行となります。
8月は年央の会員懇親の場として、尼崎ホテル・アルカイックの最上階を貸し切って、夜景を楽しみながらのカラオケ、ビール・パーティーが開催されます。
10月には、京都北山山行が木村君(1974年卒)の設営で計画され、岩田大先輩の山小屋を利用しての一泊山行が、日帰りハイキング組と合流しての山歩きとなります。
12月は忘年会を兼ねて、一年間の反省会が開催されます。
以上が、この5年間に定着した阪神支部の行事・行動の概略です。
近年、年間の参加者が延べ120人を越える盛況となっています。
参加会員の特徴は、全員が歳をとっても山が好きであること、現役時代の山行を回顧して利害損得を度外視して懐旧談にふけり、酒を酌み交わしながらの毎回の歓談が最大の楽しみとなり、お互い健康を喜び合うことでしょうか。
また、会員は個性豊かで元気です。
従って、自己主張の極めて強い集合体で、ひとのいうことは一切聞かない傾向があり、激論に口角泡を飛ばすこと毎回です。
しかし、次の機会には何事もなかったかの如く集まって、ワイワイやるといった阪神支部の『風土』といったものが出来上がってきたように思います。
現在、支部会員の気がかりは、70年の歴史と伝統のあるわが山岳会が、京都本部のご努力にもかかわらず、現役部員の増員が軌道に乗らないことです。
時代の風潮とはいえ、現役部員による山行の火が消されることのないよう、OBとして何が出来るかを考え行動しなければならないと思います。
関東・東海・奈良・九州の各支部は、順調に運営が活発に行われている由、共に現役山岳部の活性化に力を注ぎましょう。
私も支部長在任5年を経過し、来年は70歳のグランド・シニアを迎えるのを機に、支部の若返りを期待して、後任に託したいと考えています。
阪神支部長 尾﨑 一郎
(まだまだ山岳会と支部の活性化のためにご尽力いただかなければなりません。《HP担当者》)