Posted on 12 9月 2011 by post
①熊野古道 6月8日~9日

一昨年、思いがけぬ大雨で中断した熊野古道を今年歩きました。 ルートは最も人気のある「中辺路道」です。
大阪からオーシャン・ビューで和歌山を無事通過し紀伊田辺で下車、バスに乗り換えて「瀧尻王子からいよいよ歩きます。
今夜飲む焼酎の一升ビンを背負って最初の急坂を登り熊野高原神社を過ぎ、修復された牛馬童子を見て、今夜の宿泊地「近露王子」で民宿の温泉で疲れを癒し、おいしい鍋料理をいただきました。
ところがこの夜はビールをたくさん飲んだために持参した焼酎が余り翌日もそれを持って本宮まで行くことになってしまいした。
翌日はショート・カットをして発心門王子から熊野本宮まで歩き、参拝をして帰阪しました。

左より 小田垣(昭和43年卒)、大沢(40年)、尾崎(32年)、俣木(39年)
②長野 『宮崎邸』 訪問 8月26日~28日
昨年訪問した宮崎(52年)邸を今年も訪問しました。
大阪から2台の車に分乗して長野へ。 到着後、近くの「見晴らしの湯」で宴会。 美ヶ原経由で来た森本夫妻も合流し、佐久の鯉コクに舌鼓を打ちました。
翌日は飯縄山(1917m)へハイキング。 (町名や高原は飯綱だが、山名は「縄」を用いる方がポピュラーか)

高橋(52年)、水落(40年)、田尻(31年)、尾崎(32年)
昨年の戸隠はかなりキビシイ山でしたが、今回はゆっくりと往復5時間の登山でした。 頂上からは北アルプス、南アルプス、中央アルプス、富士山など360度のパノラマが楽しめるはずでしたが、あいにくのガスで戸隠の一部が見えただけでした。
下山後は宮崎邸で宮崎君手作りの料理で宴会 ♪

宮崎、大塩(49年)、下村(50年)、田尻、尾崎 後ろ姿 高橋(52年)、森本(50年)夫妻

尾崎、森本夫妻、高橋
ビールと持ち込んだ焼酎と日本酒でついつい深酒・・・反省です。
翌28日は善光寺をお参りして帰阪しました。
以上、会員相互の親睦を深めた集まりでした。
阪神支部長 水落 和洋
[追記]
下村君が宮崎君の助けをかりて本を作りました。
現役時代の思い出を軽妙な筆で書いた随筆集です、ご一読ください。

Posted on 08 8月 2011 by post
7月23日に会員の親睦と夏の慰労を兼ねてビール・パーティーを開催しました。
当日は現役部員3名を交えて15名が集まり、近況を語り合いながら楽しいひと時を過ごしました。
また、今年も昨年に続いて8月26日に長野の宮崎氏宅へお邪魔し、宴会とハイキングを楽しむことも決まりました。




出席者
田尻 功(56年卒)、尾崎一郎(57年卒)、室野 進(58年卒)、俣木繁一(64年卒)、小川允巳(64年卒)、大澤良雄(65年卒)、水落和洋(65年卒)、土田雅章(70年卒)、松村隆廣(73年卒)、大塩幸男(74年卒)、下村嘉明(75年卒)、高橋由文(77年卒)、現役部員3名
阪神支部長 水落 和洋
(他支部会員の皆様へ 出席者名と写真の顔が一致されたでしょうか)
Posted on 01 6月 2011 by ob
恒例の支部総会を4月23日(土)「橿原ロイヤル・ホテル」で、13名出席のもと開催致しました。
今回は玉村元山岳部長ご夫妻の参加を得て、また、玉村夫人と同志社女子大学同期で友人の、同志社同窓会奈良県支部長であり、ヒマラヤの民族を研究し、ヒマラヤ・トレッキングを行っておられる高宮さんも加わっていただきました。
さらに、山岳会副会長・関東支部長の伊東さん、阪神支部より田尻さんの出席のもと、昨秋、チャンラ峰初登頂のスライドを小林隊長の上映と説明を受け、最後に同志社カレッジ・ソング、チェアーで締めくくらせていただきました。

後列 小林日博史 玉村三保子 高宮照子 石橋善雄 森本省三 舟戸武史
前列 乾 好 玉村和彦 室野 進 伊東正好 田尻 功 岸下勝亮 福田勝一
なお、今年に入ってから室野 進支部長が急に体調を崩され、支部長を辞退され新たに岸下勝亮(昭和34年経卒)新支部長が誕生したことを報告いたします。
また、以前より行われていた「ゴルフ・コンペ」を復活することとなり、石橋善雄(昭和47年商卒)さんが担当することとなりましたので、参加の方をよろしくお願い致します。
前 奈良県支部長 乾 好
Posted on 28 5月 2011 by ob
「DACについてや関東支部の今後の活動について話をしたい」と伊東支部長より呼びかけをいただいて、銀座の「がんこ」に集まりました。
支部長の計らいで6人の席が用意されていましたが、急用で里帰りしたメンバーや急の仕事が入って・・・などという理由で定刻に集まったのは、伊東支部長、加藤勇二さん、今成の3人でした。
「あと誰が・・・」というところに新メンバーの高野晃輔君が駆けつけてくれて、カンパイということになりました。
そしてフレッシュOBの鈴木天也君が加わってくれて

こんな感じで、新メンバー二人の近況報告から始まり
①支部活動やDAC全体を活性化・刺激出来るようなイベントが考えられないか?
②以前、関東支部が主催したような親睦会を企画したらどうか?
③京都で開催される「総会」の開催方法はマンネリではないか?
④「総会」に、主力たるべき中間層の参加がないのはどうしてなのか?
⑤会員が参加出来るような山行を計画できないか?
そんな疑問、意見が提起されました。
会則の- 3.目 的 - には、
「登山活動を通じ、会員相互の親睦を図ると共に、山岳部の適正な活動を助成し、その発展を図ることを目的とする」 とあります。
前半の部分の、「登山活動を通じ」というのに多少の疑念が生じますが、「会員相互の親睦を図る」ということにもっと焦点を当てるべきではないでしょうか。
- 10.総 会 - の項には、
「本会は春季と秋季に定例総会を開催し、適宜必要に応じて、臨時総会を開催する」 とありますが、
たとえば、年に1回春季に京都での開催を定例とし、あと1回は東海支部と関東支部あたりが持ち回りで担当し、親睦を目的とした「会」を開催したらどうでしょうか。
関東住まいの者が、年2回も京都で開催される総会に出席することは極めて困難なことです。同じ会員でありながら情報は、総会の議事報告でしか知ることが出来ない状況に疎外感(距離感)を感じているメンバーもいるはずです。
かつて、山岳部員が減少し途絶えた学年があったりして、「山岳部廃止論」といったことがいわれ、それに対抗して「維持論」とが衝突し、そこに出来たミゾが現在の中間層のOB会離れになっているなどということを洩れ聞いていますが、本当でしょうか?
この問題って、もう何年経っているのですか?
総会には、OB会員(会友等を除く)より学生の参加人数が多いというのは、まさにOB会の危機ではないでしょうか。
現役も人数は増えていることで、長年続いた危機を乗り越えたと思い勝ちですが、部員の内容は往時とは異なり、また今も存続/廃止が論じられるような状況にあるのではないかと危惧しています。
それは、室内オンリーの部員がいたり、雪山は親の反対があって躊躇わずのっけから不参加を表明する部員が複数いたりするのだと聞きます。
また、現在の学生は「勉強の合間に時間があれば活動をする」という気質の持ち主の集まりとも聞くと共に、授業に追われて合宿の時期がずれたり期間が短くなっているとも聞きます。
現実は受け入れるより仕方ありませんが・・・。
一度、OB会員の動静を、各卒年ごとにそのリーダーが責任者になっていただき、夫々報告を受けるようなことをしてみてはいかがでしょうか。縦の繋がりは途絶えていたとしても、横糸は切れていないはずですから。
また、山岳部員の名の下に、上記のような状態が続けば、先に述べたように「山岳部廃止論」が出てくるのではないでしょうか、是非とも討議していただきたいものです。
学生の意見も聞きたいものです。
何度か参加した総会の様子から推測すると、そこでの討議は難しいと思われますので、会長、副会長、支部長、参与といった中心の方々で話し合っていただき、詳しい内容の報告を伺いたいと思います。

’62卒 今成 征三 記
Posted on 27 5月 2009 by dacob
Posted on 17 12月 2007 by dacob
Posted on 09 3月 2006 by dacob

舟戸夫人 岸下 石橋 森本 舟戸
乾 室野 福田
昨年、小鍛冶初代支部長の13回忌に、小鍛冶奥様と共にお墓参りをした帰り、近鉄奈良駅8階の「百楽」で夕食をしました。
その際、この近くに「舟戸武史」という一時山岳部に籍を置いていた人がいて、今は立派な料理旅館「白鹿荘」の社長で、社会的にも有名人がいると聞いていました。
昔、部室でもたえず顔を会わせ、夏の穂高・涸沢合宿でも一緒だったと、岸下、福田の両支部員の発言により、「白鹿荘」で舟戸武史氏の特別参加を得て、平成18年度総会を2月25日(土)に開くことが出来ました。
舟戸氏の山岳部在籍時代の昔話に花が咲き、彼の奥様も加わって和気藹々の内に終了いたしました。
なお、舟戸氏は現在、同志社スポーツ紙「アトム」のOB会の代表者でもあります。
☆出席者 乾 好 (昭和30年卒 天理市)
室野 進 ( 33 大和郡山市)
岸下 勝亮 ( 34 橿原市)
福田 勝一 ( 35 奈良市)
舟戸 武史 ( 36 奈良市)特別参加
石橋 善雄 ( 47 吉野町)
森本 省三 ( 50 大淀町)
以上7名でした。
奈良県支部長 乾 好
Posted on 20 12月 2005 by dacob

秋島さん(会友) 江上さん 上田 長谷川さん 馬場さん
12月19日、福岡市内 料亭〔根上〕 において九州支部会が開催され、支部長が馬場さんから長谷川さんへ引き継がれました。
元気そうな顔ぶれをご覧ください。
上田 彰二(1961年 経卒)
Posted on 29 11月 2005 by dacob
昨年に引き続き、忘年会(山行)の報告ができず、顛末記をお届けすることになりました。
関東支部会員を関東1都6県・東北・長野県・静岡県・山梨県在住者を会員として、名簿を作成したところ、39名の多きを数えました。
各会員に対して、伊東支部長自らが案内書・支部会員名簿等を送付し、FAX等による連絡を依頼したところ、
高岡・加藤・坂下・鈴木・今成・宮川・森田・山本・川治の9氏(敬称略)からFAXの返信があり、1通は戻って(岩渕)来るという結果でした。
電話による連絡は土屋氏のみ!
よって、昨年同様に山での忘年会は中止し、山を変えて山行のみに変更することになりました。
11月26日(土)、その山は奥多摩「酉谷山(とりだにやま・1718m)。
参加者は加藤(勇)・河野・宮川・今成の4人、関東支部の勇者or残党です。


名簿によれば、伊東支部長より年長者は6名、若年者は32名です。
驚いたことに1970年卒以降の会員で、連絡のあったのは20人中わずか2名!
リタイア組とは違って、最前線で活躍中の若・中年層の会員は、山行への参加は厳しいものがあるのは十分に理解し、二月近く前に連絡をしています。
「ウン」とか「スン」とかいってきてもらいたいものです。
せいぜい年に一度、連絡する側は良かれと判断して、実施日などを選定しています。
なんの反応もなくては、このまま繰り返すだけです。
かつて、山に憧れた会員の皆さん、年に何度か山の空気を吸って一献酌み交わそうではありませんか!
なお、今後連絡不要の向きは支部長宛ご連絡ください、その旨本部へも連絡いたします。
関東支部は『活動してません』、です↓
文責:今成 征三(62年卒)
Posted on 26 10月 2005 by dacob
関東支部の集まりを山岳部のOB会らしく、近郊の山を歩き温泉で汗を流し、そば処で忘年会をやろうと、以下のように計画しました。
支部会員以外でも、当日、関東近辺に滞在予定などのある会員のご参加をお待ちしております。
①行く日 11月26日(土)
②予定 新宿駅 ⇒ 立川駅 ⇒ 御嶽駅 → ケーブル駅 → 御岳山 → 日の出山 →
つるつる温泉 → 武蔵五日市
③その他 武蔵五日市/そば処 寿庵・忠左衛門 にて会食
連絡先 03-3401-0294 伊東