Archive | 懇親会報告

新制大学山岳部発足当時の現役部員の集い (6月18日)

新制大学山岳部発足当時の現役部員の集い (6月18日)

Posted on 27 6月 2010 by ob

>IMG_0001a.jpgのサムネール画像
同志社大学山岳部史上、最大の遭難事故といわれる昭和25年12月末の鹿島槍ヶ岳大冷沢の大雪崩のため、テント埋没により4名死亡につき、その発掘遺体処理後、現地荼毘を行った当時の現役部員中、死亡、または連絡先不明等で現在5名となりました。
数年前、その50回忌を現地で行った我々は、70歳代後半80歳に到る人生最後の年齢になり、毎年1回、新制大学発足当時の懐かしい「想い出」を語り合.い、親睦を深めるため、もう年齢的にも登山は無理ということで、「文明の力」を借りて軽登山を行うことになりました。

昨年はケーブルにより「六甲山」へ登り、今年は乗用車により「奈良若草山」登山ということになった次第です。
丁度、今年は「平城遷都1300年祭」が行われており、その見学と相成り、古都「奈良」を堪能し、昔話に花が咲き、楽しい一日でした。

IMGa.jpg ◎参加者左より 松月久左、中田順一、乾好、谷口三郎、片岡於菟平
当時の現役マネージャー  乾  好 記

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恒例 関東支部会員 懇親会

恒例 関東支部会員 懇親会

Posted on 27 5月 2010 by dacob

今回の懇親会は、4月から東京勤務となった新卒OB百田君の入社祝い&歓迎会を兼ねて行うことになった。
いつものように、案内の作成・送付や場所などすべての手配は伊東支部長によります。
5月26日(水)、場所は「がんこ 銀座1丁目店」 18時より。
平日の6時開始となると、どれだけの参加があるだろうか?
伊東支部長からの案内状には、加藤勇二、今成征三、宮本光将、山火桂一、東口重信、宮川清彦、山本弘志、細谷寿夫、前泉康一、堺 正幹、広瀬雅彦、(岩本憲彦)、中山和俊、西村邦彦、川治 陽、真鍋光之、美馬英昭、川治和香、吉田陽一、西口正治、百田孝史の21人に送られている。
銀座通りで宮川君と出会い、一緒に店の部屋へ案内されると、既に伊東支部長、加藤勇二さん、山火君、東口君がいて、その後は勤め帰りの秋山監督、中山君と前泉君が顔を見せ、最後に研修中の主賓百田君が駆け込んできて何度目かのカンパイ。
P1000887a.jpg
左側 奥より 加藤 伊東支部長 百田 今成 前泉   右側 中山 秋山 東口 山火 宮川
いつもであれば下村先輩と河野の君の姿があるのだが、残念ながらお二人とも昨年故人となってしまわれた。
遅れて到着した会員が座る度にカンパイして話しが弾んできたところで、百田君へ先輩たちが自己紹介することになった。
各人が語る中で、山岳部時代の逸話が飛び出す度にそこに話題が移り会話が広がり、なかなか自己紹介のリレーのバトンタッチが進まない。
それぞれが持っている経験話しが新鮮で、こうした話しを集めたら「山岳会の裏話・生きたDACの歩み」として、「記録」などより読まれるな、と盛り上がったりして話題が尽きない。
P1000889a.jpg
    宮川先輩と笑顔で話す百田君
山火・東口・今成は同世代で友人関係にあるのため、昔話のネタが次々と飛び出し、話題を左右に振ったりして・・・。
P1000892a.jpgのサムネール画像     
    東口町会議員と秋山監督  
秋山監督は、現役とのトレーニングでケガをし入院したりしたという、無理せず気をつけて欲しい。       
古稀であるはずの東口君は、昨年長野県御田代町議会議員に最年長で初当選して、多忙なのか久しぶりの参加だったが、宮川君とも何度も一緒に山を歩いているので、ここでも話題が途切れることはない。
前泉君とは一回りくらいの違いがあり、宮川君とは山岳部では入れ替わりだったらしい。
会話がより進むには学生時代などの結び付きがあることが望ましい。
それが会合が成功する大きな要素だと思う。
話題が飛んでOB総会の話しに移った・・・
参加者が少ないのはどうしたことか?
参加者を増やすためのアイデアは出されたものの、「東京」近辺在住者の声には実行が伴わないきらいがある。
討議する会合に参加することが難しい・・・。
京阪神在住者の方々の尽力・努力をお願いするしかありません。
思うに、総会を唯一のOB会全体のイベントとしないで、山岳会運営委員会といった幹部役員による決定機関を設け、そこで討議・決定し会を運営するような形にし、時に重要事項が発生したら総会を招集し、討議・決定するといったようには出来ないものだろうか。
または、年2回の総会を1回とし、毎年1回は楽しい懇親山行(ハイキングでもいい)を順番に各支部主催で行うというようなことは不可能でしょうか。
一度関東支部が主催して好評だったと記憶しています。
年に一度くらいは、「どこでもいいから山へ行きましょう」。
一服している会員にそんな手助けをしてはどうでしょうか。
先月送付されてきた「2009年度 秋季定例総会 概要」によると、役員・顧問等の方々を除く『OB会員』の出席者は7人で、その内庶務の角谷、会計の岩本両氏を除くと、なんと5人の出席しかいないではありませんか!!
一方、現役学生等の出席が17名・・・。
こんなことへの疑問も話題になりました。
(総会に対する意見のようなものは、支部の総意ではなく個人的なものです)
体調不良で半分居眠りをしていた山火君や、帰宅に時間を要するメンバーと別れ、支部長と百田君を囲んでの2次会が八重洲口へと移され、日付が変わりかけたところでお開きとなった。
奈良県支部に限らず、関東支部も中間層との結び付きを諮らねば老齢者の集まりとなってしまう。
しかし、奈良県支部は葛城山へ登っているので、支部の活動として敬服です。

P1000899a.jpg
    
     卒業時に在校生からいただいたペナント
                          1962年卒  S.IMANARI      

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山釣会(1961年卒)だより

山釣会(1961年卒)だより

Posted on 21 5月 2009 by dacob

DAC山釣会.jpg
昨年3月に実施した同期・松村君の慰労会から早や1年が過ぎ、今年の山釣会は5月16日(土)、祇園の料理旅館白梅に集合し、互いの健康を祝して乾杯!奥様方を交えて楽しい会話に花を咲かせました。
メンバーでは残念ながら、鈴木・坂下・山本・塩見の諸兄が欠席でした。
会食後は円山公園で、迎賓館としても有名なルネサンス様式の洋館・長楽園で談笑の後、次回は九州でと決めてお開きとしました。
我々[昭和36年(1961年)卒]は、機会を作っては旧交を温めております。
これからもこうした会を開催した時には、簡単ながら報告したいと思っています。
DAC-OBの皆さん、同期の集まりなどをされた際には、このページに投稿していただきければと願っております。
[写真」
 前列左から 植西夫人、小野夫人、上田、佐藤、舟戸
 後列    松村夫人、長谷川夫人、松村、小野、植西、川合 
                              上田 彰二 記
  

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山釣会(36年会) だより

山釣会(36年会) だより

Posted on 12 3月 2008 by dacob

山釣会 a.jpg
3月9日(日)
前回の「山釣会(昭和36年卒の親睦会)」は、80周年記念式の際に京都で開催しました。
2年ごとに集まっていて、メンバーは全員で11名ですが、今回は坂下心一君、塩見克君、
山本慎一郎、佐藤和男君が欠席でした。
都合による不参加で、皆さんお元気です。
今回は、京都・祇園の料理旅館「白梅」にて、当山岳会の運営、同志社大学山岳部の維持・
育成等に計り知れない貢献を果たしてくれた、同期の松村多四郎君が3月で監督を引退する
ことになったため、永年のご労苦に感謝と慰労を兼ねての集いでありました。
新たに参加した舟戸武史君(当時の同志社スポーツ編集長)も加わり、賑やかに旧交を温
めました。
次回は九州で開催の予定です。
(お願い:私たちのように同期の会合などを持たれている卒年のグループがあるのではない
かと思います。
この欄を使って消息などをお聞かせいただきたいと思います。)
     昭和36年卒  上田 彰二
photo 左から
     上田    川合   鈴木夫人   鈴木   小野   松村   植西
     小野夫人   長谷川夫人   松村夫人   植西夫人   上田夫人   舟戸
   

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奈良県支部・山釣会(36期会)春季合同総会

奈良県支部・山釣会(36期会)春季合同総会

Posted on 22 4月 2007 by dacob

36期(昭和36年卒業)の舟戸武史氏の当山岳会入会式と、同君が永年にわたり生活衛生の普及向上と観光事業の振興、特に旅館業界の発展に尽力をされた功績により、旭日双光章を授章されたのでその祝賀会もかね、4月19日(木)奈良市内の白鹿荘にて春季合同総会を開催しました。
   
  
  前列左より  福田勝一   舟戸武史   乾  好    舟戸氏奥様
  後列左より  小野徳太郎  松村多四郎  植西武司   鈴木貴統  上田彰二                
     
☆総会では
①乾前奈良県支部長より支部の状況報告
②上田より九州支部の報告
③松村監督(副会長)より新学年を迎えて、山岳部員が14名になったことが報告された。

また鈴木氏が水墨画で飛龍の図を作成、全員で進呈した。
                                          上田記

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「山釣会」 ’61年卒同期の会

「山釣会」 ’61年卒同期の会

Posted on 18 5月 2006 by dacob

80周年記念式が開催された5月14日の昼、同期10人の内7人が京都に参集しました。
これが初めての会合ではなく、卒業後もちょくちょく何人かで集まっていましたが、70周年の時にほとんどが顔を出したのを機会に、より親密になってきました。
仙台に住む坂下君の参加はなかなか望めませんが、3年前に静岡の鈴木貴統君の屋敷「釣耕苑」へ行ったのを機会に、同期会の名称を「山釣会」と松村君が命名しました。
「一緒に山歩きをしよう」、といったことは残念ながら話題にのぼりませんでしたが、個々に山を続けているようです。
    
     前より 松村  植西  佐藤     前より 上田  小野  川合  塩見
                        
会合には5人の奥様方も参加され、今回も出席された故長谷川喨一君の奥様は、故人の所属した山岳会の雰囲気を味わいたいと希望され、記念の会にも参加し感動の面持ちでした。

     植西・上田夫人            長谷川・松村・小野夫人
記念式は盛大でしたが、会員の参加が少なかったのが気になりました。
会員の皆さん!
同期との山歩きや飲み会の様子などを、この欄に送って健在ぶりをご報告していただけませんか、懐かしいお顔を拝見したいものです。
                          ’61年卒  上田 彰二
    
     
   

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土佐ノ海・甲山親方を囲む会

土佐ノ海・甲山親方を囲む会

Posted on 02 3月 2006 by dacob

「土佐ノ海関」入門の平成6年より、大阪3月場所には同志社スポーツユニオンの役員方のお世話により、今年は13回目となり、平成18年2月24日大阪リーガロイヤルホテルで行われました。
毎年、山岳会から吉村前会長、松村副会長と私(乾)が出席させていただき、いつものように北村光雄名誉会長の主導のもとに進められ、同志社出身の力士「土佐ノ海関」の、再度、幕内上位復帰を期待したものです。
   〔北村光雄名誉会長の想い出 -山岳部の歴史として-〕
現、北村光雄同志社スポーツユニオン名誉会長と山岳部との出会いは、昭和26年にさかのぼる。
当時、山岳部は鹿島槍ヶ岳大冷沢の雪崩による4名行方不明という大アクシデントにより、その捜索のため非常な混乱状態にあった。
その時の体育会長(当時は学生が体育会長に就任することになっており、現在の体育会委員長に相当)が北村光雄氏であった。
捜索本部を体育会本部に置かせていただき、北村会長自ら大冷沢の現場まで同行され、予算その他のことで大変お世話になりました。
また、6月13日の同志社栄光館に於ける追悼会には、同志社大学体育会長として「追悼の辞」を述べていただきました。
時に私(乾)は1年部員として、佐々木マネージャー、その次の加藤マネージャーの補佐(使い走り)として北村会長には大変お世話になりました。
2年部員および3年部員になってからは、正マネージャーとして毎月体育会本部で行われる「マネージャー会議」に出席し、「体育OB連合」(現スポーツユニオン)設立のため、重ねてお世話になった次第です。
学校卒業後、サラリーマンとして就職した会社が、奇しくも同じ町内(大阪市南区竹屋町)〔全くの偶然〕で毎日のように北村氏の営業活動を目の当たりにし、これも何かの縁だったと思います。
その後、山岳会の要請により「同志社スポーツユニオン」に関わらせていただき、役員として「亀岡カントリークラブ」でのゴルフコンペに参加し、特に北村さんと同組でプレーさせてもらった時は、彼の「トバシ屋」には驚かされ、大変良い想い出となりました。

   北村ご夫妻と乾     1985.7.7. (北京市内見学にて)
  
    
また、「日中友好ナムナニ峰登頂成功祝賀会」には、同志社スポーツユニオン会長として、ご夫婦で中国の北京まで参加していただき、北京市内見学にはご一緒させてもらいました。
その他、想い出は尽きません。
最後に50年前の山岳部代表として、このスペースをお借りして、厚く御礼申し上げます。
                  元 山岳部マネージャー 乾  好 (奈良県支部長)

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新制大学「山岳部」発足当時の部員の集い

新制大学「山岳部」発足当時の部員の集い

Posted on 04 12月 2005 by dacob

50年前に山岳部現役として活躍した我々も今や70歳を越え、当時の部員も数多く死去、あるいは消息不明となりました。
80年誌の編集にあたり、当時の取材も兼ねて旧交を温めるため、50年ぶりに平成16年11月2日、大台ヶ原山頂で紅葉見学会と洒落込んで、第1回目の会合を松月元主将、中田のトッツアン、片岡のオッチャン、乾元マネージャーと4名で行いました。
平成17年11月16日には、第2回目の会合を片岡氏の世話で紅葉を見ながら御在所岳で行い、充分取材することが出来ました。

          乾        片岡        中田        松月
来年は鹿島槍大冷沢遭難50年忌にあたり、鹿島槍東尾根や爺ガ岳東尾根の紅葉でも見ながら、「トメ岩」で供養を思っております。
                     山岳会80年誌編纂委員長  乾   好

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関東支部・忘年懇親山行顛末記

関東支部・忘年懇親山行顛末記

Posted on 26 12月 2004 by dacob

12月23日(祝)、丹沢・大山を軽く歩いて、麓で「豆腐料理で乾杯!」という計画を会員に案内したところ、参加の連絡があったのは下村・加藤・今成・山火・河野・東口・宮川諸兄と伊東の8名でした。
支部の常連だけということになってしまいました。
新しいメンバーの参加を期待しての計画でしたので、企画した河野君から連絡があり、急遽都内での懇親会に変更となりました。
山火君が体調を崩してドタキャンとなったのは残念でしたが、大阪から高君が仕事の合間をぬって参加してくれたので、話題が広がりました。
まずはオーバー60歳の面々の体調報告では、胃の具合が快復したと思ったら手首を痛めらた下村先輩から始まって、ギックリ腰の河野君までで終了しました。
遠来の高君に阪神支部の活動状況を訊ねたり、鳩峰の話しになったり岳沢の話しになったり・・・。
「会合のメンバーはどうしていつも同じなのか」、「総会には若い人たちが参加しないのか」、といった問題を論議しますが、話はいつしか昔の話題に戻ってしまっていました。
気が付けば、こうした話題や雰囲気が敬遠されていることもあるのでしょう。
雰囲気は下の写真からご想像ください。



まず、今秋の総会では、参加してみたくなる「総会」の開催にトライしました。
来年度はその継続などによって、会費に見合ったOB会作りというのも課題ではないかと考えます。
ご意見をお聞かせください。
               2004.12.26
                            関東支部長 伊東 正好

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