主な登山史
| 年 | 活動内容 |
|---|---|
| 1875年 | 同志社創立。 |
| 1929年 | 同志社大学体育会山岳部創部。 |
| 1930年 | 朝鮮半島白頭山(2744㍍)積雪期登頂 |
| 1932―33年 | 千島列島パラムシル島南西部の千倉火山登山。その他、アライト、シュムシュ島で探検。 |
| 1933年 | 台湾遠征。新高主山、東山北稜、大覇尖山と次高山縦走、また清水山や南湖大山などで岩場を開拓 |
| 1934年 | ジャワなど南洋諸島に遠征。チャメン山登山。 朝鮮にて小白山脈縦走後、朝鮮北部の甲山・長津高原にて縦走登山 |
| 1935年 | 朝鮮・小白山脈縦走、金剛山で岩壁登攀。 樺太・東北山脈探検。トナカイ橇でアプローチし、振戸山・北沖見山・川崎山に登山。 |
| 1936年 | 千島列島、アララト島、子揚山登山。 |
| 1940年 | 高商山岳部による台湾登山・中央山脈縦走。 |
| 1941年 | 太平洋戦争勃発。山岳部は山岳跋渉班と改称される。 |
| 1945年 | 終戦 |
| 1949年 | 学制改革によって、高商や各専門学校は大学に再編成。各山岳部も同志社大学体育会山岳部に1本化されて、新たにスタートする。 |
| 1960年 | 西北ネパール最奥部秘境のアピ(7132㍍)初登頂。 |
| 1963年 | オーストリア隊が試登に失敗した西北ネパール・サイパル(7040㍍)初登頂。日本人初の西ネパール横断踏査。総距離560キロ |
| 1964年 | 同志社大学理工学研究所・山岳部合同でアラスカ学術登山実施。東部のブラックバーン(5038㍍)第2登、リーガル(4209㍍)初登頂。氷河調査なども実施。 |
| 1965年 | 南米ペルーアンデス・ヴィルカバンバ山群のサルカンタイ(6271㍍)北東稜初登頂、メリソス(5310㍍)、キシュアール(5775㍍)ネバドブランコ(5250㍍)の3座に初登頂。アマゾン河最大の支流ウルバンバ河1300㌔をゴムボートで初の完全降下。 |
| 1967年 | ネパールヒマラヤ・ダウラギリ山群及びカンジロバ山群、西ネパールの農村を調査。 |
| 1969年 | マレーシア・ボルネオ島キナバル(4010㍍)東山稜より登頂。ほか7座登頂。 |
| 1970年 | ヒマラヤ遠征は国単位の隊しか行えなかった当時、単一山岳会として8000㍍峰14座中西ネパールダウラギリ(8172㍍)第2登。ポストモンスーン期初登頂。日本人初登頂。日本山岳会隊に参加した当会員の平林克敏が植村直己氏(明治大山岳部OB)らとエベレスト(8846㍍)日本人初登頂に成功。 |
| 1977年 | パキスタン・ヒンドゥラージ・ヒマラヤガルムッシュ(6244㍍)第2登。半年あまりパキスタン、ネパール、インド・アッサムなどを踏査。 |
| 1978年 | インド・ヒマラヤトレッキング。韓国・雪岳山登山。 |
| 1981年 | 1979年に登山が解禁された中国の四川省・チュンライ山脈主峰で、四姑娘山(スークーニャンシャン)(6250㍍)に2度目の登山隊で初登頂。 |
| 1984年 | 胡耀邦総書記の支援を受け、中国登山協会、同志社大学山岳会、京都大学学士山岳会が合同で西チベットの納木那尼(ナムナニ)(7694㍍・英名グルラマンンダータ)を目標に日中合同登山隊を組織。偵察のために先遣隊を派遣 |
| 1985年 | 日中友好ナムナニ峰(7694㍍)合同登山。納木那尼(ナムナニ)初登頂。周辺の学術調査も行う。 |
| 1986年 | 東チベットの康格多山(カント)(7055㍍)偵察 |
| 1987年 | 四姑娘山山域合宿。トジュトグー(5484㍍)初登頂と周辺トレッキング。 |
| 1988年 | 3月下旬、中国・インド国境(マクマホンライン)上に位置し、許可が難しかった東チベットの康格多山(カント)(7055㍍)初登頂。周辺学術調査実施。 |
| 1990年 | 旧ソ連カムチャツカ半島にカムチャツカ登山の協議と偵察のために訪ソする。 |
| 1991年 | 政治的理由で入域困難だったロシア・カムチャツカ半島で、旧ソビエト連邦科学アカデミー極東支部と合同で学術登山を実施。半島最高峰クリュチェフスカヤ・ソプカ(4750㍍)に積雪期登頂。周辺の火山、地質、大気、土壌、動植物のほか、少数民族も調査。シベリア・バージャール山脈でハバロフスク山岳会と合同登山。数座の山に登頂後、初登頂した山を同志社校旗の型にちなんでクローバー(2119㍍)と名付ける。 |
| 1996年 | 当会員の佐野崇が初めて海外登山に臨んだ日本山岳会青年部隊で世界第2の高峰K2(8611㍍)南南東稜より登頂。また当会員有志で南米ボリビア・アンデスイリマニ(6439㍍)登山 |
| 1997年 | 中国チベット自治区・ヤルツァンポ河源流域絨来康日(ロンライカンリ)(6859㍍)偵察。 |
| 1998年 | 同志社大学理工学研究所と合同で同志社大学チベット・ヤルツァンポ河源流域学術登山を実施。絨来康日(ロンライカンリ)試登。 |
| 2002年 | 同志社大学山岳会チベット・ヤルツァンポ河源流域登山隊2002を派遣。2002年9月24日午前11時40分(快晴)、未踏峰ロンライカンリ(絨来康日 6859m)の初登頂に成功。 |


西北ネパール最奥部秘境のアピ(7132㍍)初登頂。
1979年に登山が解禁された中国の四川省・チュンライ山脈主峰で、四姑娘山(スークーニャンシャン)(6250㍍)に2度目の登山隊で初登頂。
政治的理由で入域困難だったロシア・カムチャツカ半島で、旧ソビエト連邦科学アカデミー極東支部と合同で学術登山を実施。半島最高峰クリュチェフスカヤ・ソプカ(4750㍍)に積雪期登頂。周辺の火山、地質、大気、土壌、動植物のほか、少数民族も調査。シベリア・バージャール山脈でハバロフスク山岳会と合同登山。数座の山に登頂後、初登頂した山を同志社校旗の型にちなんでクローバー(2119㍍)と名付ける。
同志社大学山岳会チベット・ヤルツァンポ河源流域登山隊2002を派遣。2002年9月24日午前11時40分(快晴)、未踏峰ロンライカンリ(絨来康日 6859m)の初登頂に成功。



