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8/12(月)~8/13(水) 穂高・屏風岩の「雲稜ルート」を登りました。

8/12(月)~8/13(水) 穂高・屏風岩の「雲稜ルート」を登りました。
 
 お盆に穂高で継続登攀を行うべく宇野(18年卒)と西村(会外)、仙田(17年卒)で登攀へ行ってきたときの計画について記録する。結果としては、現地へいったものの、台風と体力的な問題から早々に下山してきた。唯一、屏風岩の雲稜ルートが登れたのでその記録を記載する。感想としては体調管理が出来ていなかった部分もあったのか、突破力が衰えているように感じた。しかし登攀終了後の悪条件の中でメンタル、体力が維持出来ていたので、経験値による部分は衰えていないことが確認できた。故に自分に足りないものとしてはクライミングの突破力であると痛感した。

T4尾根取付の手前から屏風岩
↑T4尾根取付の手前から屏風岩

Day1;8/12(月) 8:30京都~12:30高山~15:30上高地~18:00横尾(泊)
 京都から上高地まで行く場合、直行バスも存在するが高い。そのため京都~高山、高山~上高地の濃飛バスを利用する方が得策であった。予約は1ヶ月前にはすませておく必要がある。乗り心地は良かったが、お盆の初めだけあって渋滞に巻き込まれ、予定到着時刻を大幅に過ぎてしまった。そのため高山バスターミナルでの乗り換えでは怒鳴られながらダッシュで乗り込む結果となってしまった。しかし無事に上高地に到着。上高地に到着すると弟たちが河童橋付近で待っていてくれた。僕、弟、宇野くんで記念撮影後、横尾まで向かう。上高地から横尾までが意外と長く観光客から奇異の眼差しを受ける。途中の徳沢で西村くんと合流。横尾に到着したのは18時頃となった。

写真_河童橋前にて大量の荷物とともに記念撮影
↑河童橋前にて大量の荷物とともに記念撮影

Day2;8/13(火) 4:00横尾~5:00T4取付~7:00屏風岩・雲稜ルート~18:00終了点周辺(ビバーク)
 台風が3日後に迫っている予報を確認しつつも継続登攀を続行するべく朝3時に起きて4時に出発した。睡眠はあまり取れなかったため、朝がとても苦痛であった。少し懸念していた梓川の渡渉は問題なく通過し、約1時間でT4尾根の取付に到着。さてここからが登攀となる。T4尾根の取付付近にはテントが張れそうな箇所(草付き地帯)があったが、落石の危険もありそうだった。日が登ってきて屏風岩の全景が見えると、宇野、西村は口を揃えて言った。「屏風岩ちっちゃくないっすか?」彼らは一般的に大岩壁とも言えるこの岩でさえ小さく見えてしまう目を持っていたのだ。ちなみに筆者はその大きさよりも草が結構生えている点に驚いたw

写真_屏風岩T4尾根の取付に向かう我々
↑屏風岩T4尾根の取付に向かう我々

1P目:50m/Ⅳ (宇野)
 T4尾根は通常2Pあるが、60mロープを持っていったのでリンクさせることができた。ビレイ点は予想していたよりも悪く、下部がリングボルト×2つ、上部終了点はそれに加えてカットアンカーが一つといった構成だ。いずれにせよボルトが外れて滑落しても、「そりゃそうだな」というような状況である。ランナーは残置ハーケンに加えて、一部カムを取ることもできた。リードは空身でないとかなり厳しいクライミングとなる。

写真_1P目(T4尾根)を登りだす
↑1P目(T4尾根)を登りだす

~コンティニュアス:長距離
 1P目以降はロープをつける必要がないと考え、ロープをしまい込む。しかし、要所要所で危険な箇所があったのでスリングを延長させて解決させた。30分くらいすると実質の雲稜ルートの取付に到着する。ここでも幕営することができそうだが、やはり落石が危険である。少し水分補給をしてからスタート。

2P目:50m/5.7 (仙田)
 顕著な凹角沿いに登るピッチで基本的に無数の残置ハーケンから支点を取るが、カムを設置することもできた。グレードとしては5.7とあるが、アルパインクライミングの5.7はフリークライミングのそれと別物であることを改めて実感した。終了点はテラスでは取らず手前の不安定な場所で取ってしまった。理由はカムから確かな支点が取れる箇所であったからだが、後方からのパーティのことや安定性のことを考えると、もう一段上のテラスでピッチを切ったほうが良かったかもしれない。フォローは荷物が重すぎることに加えて、雨蓋があるせいで上を見ることができないため苦戦していた。ホールドを手探りで探して登ってきていた。ちなみにリードした私は核心部で力みすぎたのか、かけていたサングラスのレンズ部分のみが取れて岩壁の下まで落ちていった。

写真_2P目の凹角
↑2P目の凹角

3P目:40m/5.9 (西村)
 このピッチは最初トラバースをするため、フォローの振られ防止のためのランナーを各所で取る必要があった。トラバースを終えるとカチのフェースを直上する。ハーケンでランナーは取れるが緊張感があるピッチだった。うまく突破してくれたなと思った。終了点は扇テラスで切った。扇テラスは2人用テントが一張り張れるくらいのスペースがあった。落石の危険性はこれまでの幕営適地よりは少ないと考えられる。

写真_3P目の激しいランナウト
↑3P目の激しいランナウト

4P目:40m/Ⅳ+,A1 (5.11c) (宇野)
 人工登攀のピッチである。ボルト間隔は下部は短いが上部ではところどころ遠いところもあった。殆ど人工登攀のピッチでクイックドローが大量に必要となる。我々は13本持っていったが、それでは足りず下部で使用したものを回収しながら解決させた。終了点はリングボルト2つとカットアンカー(オールアンカーだったかもしれない)だ。このピッチではフォローは鐙を1つとスリングを用いて突破する予定だったが、鐙は2つないと登ることができない。途中で1人は人工登攀、もう1人はユマーリングに切り替えたが、ユマーリングはかなり大変そうだった。その結果としてこのピッチでは合計で2時間近くかかってしまった。

写真_人工登攀で登る4P目
↑人工登攀で登る4P目

5P目:40m/A1 (5.9) (仙田)
 この辺りから水分が最低限も取れていないことを感じ始めた。しかし同時に太陽が壁に隠れ始め、風が吹いていたため節水しながら登る方針とした。このピッチは出だしが難しく私は鐙を使って突破した。それ以降はトラバースなのだが、とても悪い。ところどころに残置ハーケンはあるが、岩・土・草が入り混じった部分だったので落ちない保証はない。何とか数m進むとあとはルンゼ状の簡単なパートに出る。終了点はルンゼから右上奥に入った安定したところの前にあったリングボルト2つと近くの木を合体させて作った。フォローは荷物が多くかなり苦戦したようだった。

写真_5P目の出だしは人工を使った
↑5P目の出だしは人工を使った

6P目:40m/5.7 (仙田)
 ビレイ点から一段下がってから顕著なスラブのクラック沿いに登っていく。クラック沿いであるが、ところどころにハーケンがあり支点はカム以外でも取ることができる。このピッチの終了点はスラブ途中のクラックが途切れた辺り。リングボルトが2つの終了点があったので、それに加えて近くの木とカムからもバックアップを取り終了点とした。


7P目:40m/Ⅳ+(西村)
 花崗岩 (屏風岩は白亜紀末-古第三紀初期の花崗岩) のスラブであるが、フリクションはそんなに効かない。徐々に砂っぽくなっていき終了点はリングボルト2つ。懸垂下降をする場合はこの辺りから懸垂をするのだと思うが、懸垂点としては危険すぎる。


写真_7P目は花崗岩スラブ
↑7P目は花崗岩スラブ

8P目:40m/Ⅲ (宇野)
 ここからは基本的に砂っぽい上に落ちられないクライミングとなる。支点も殆ど取れないがクライミング自体は比較的簡単であった。またしても終了点はリングボルト。フォローも落ちることは許されない。

9P目:15m/Ⅲ+ (仙田)
 少し上に平らな土地がありビレイ点から一段上に上がった。砂っぽいスローパーを掴みマントルを返すところが非常に怖い。ランナーは足よりも下にある腐ったリングボルトであったため緊張した。それを終えると平地に出て適当な木でビレイした。このとき屏風の頭への抜け口を探したが、どうやら左に見えるガリーを詰め上がるようだ。

写真_9P目の登攀では支点が取れないため覚悟が必要だった
↑9P目の登攀では支点が取れないため覚悟が必要だった

10P目:40m/Ⅲ (宇野)
 時刻は間もなく18時になろうとしていた。すぐに暗くなることを考えヘッドランプを取り出し準備。実を言うとこの時点では抜け口がこのラインなのかわからなかった。とりあえず上部まで行ってダメならビバークをするつもりで臨むと、ガリー上にフィックスロープを発見。またリードが登攀終了すると同時に夕立が降ってきたため急いでフォローは登った。

写真_雲稜ルート最上部10P目の登攀の様子
↑雲稜ルート最上部10P目の登攀の様子. 岩に人工的な白丸のマークを見たが偶然できた丸であった。

予定では屏風の耳付近まで行く予定であったが、暗くなり踏み跡も明瞭でないため適地でビバーク。水もないため食料も摂取することなく眠りに就いた。

Day3;8/13(水) 5:30出発~6:30尾根~8:00屏風の頭~パノラマコース~13:30新村橋~17:30上高地
 夜は思いの外眠ることができ体力は回復したような気がした。しかし行動を始めるといつもより力が入らない。心配していたルートファインディングは問題なくでき、2Pくらいで屏風の頭への尾根に乗ることができた。そこからはひたすら1時間半程藪こぎ。途中ブルーベリーが成っていたため補給する。びしょびしょになりながら藪地帯を突破すると屏風の頭に出た。

写真_屏風の頭までの尾根
↑屏風の頭までの尾根では激しい藪こぎを強いられた。

写真_屏風の頭にて記念撮影
↑屏風の頭にて記念撮影
 
ここで東稜を登ってきた水戸のパーティと会話をし一緒に食事などもしてパノラマコースを下山。あとは殆ど外界と変わらない上高地までの道を進んで終了。
帰りは錫杖岳に行っていた秋山さんたちに声をかけ京都まで送ってもらった。


写真_屏風岩登攀の記録
↑屏風岩登攀の記録(全てのビレイ点には残置スリングと懸垂用残置ビナが用意されていた)

(記)仙田

丸山東壁緑ルート

丸山東壁緑ルート

10/4-6にかけて、仙田先輩(同志社大M2)と丸山東壁緑ルートの登攀に行ってきた。
その記録を残そうと思う。

事の始まり。。
お盆に、仙田先輩と新進気鋭のクライマーN村くん(某高校山岳部)、私の3人で穂高パチンコ(屏風岩雲稜〜前穂高北尾根〜滝谷ドーム中央 継続登攀)を企てた。そこでは台風のおかげで、雲稜ルートを歩荷したのみとなった。しかしその時、雲稜のピッチに人工登攀があり、初めて鐙を使用した登攀というものを体験した。そこから、この感じならあの丸山東壁緑ルートも行けるのではないか、と思い立ち計画した。

10/4
夕方京都で合流し、扇沢駅へ向かう。
23時ころ扇沢駅に到着。この日は、扇沢駅にて車中泊。明日以降の微妙な天気予報に、半分諦めモードで就寝。

10/5
始発の便で黒部ダム駅へ。
始発でも観光客は結構いる。朝から元気だなと感じる。我々ほどでは無いか。。
黒部駅からは、下ノ廊下方面へ歩いて内蔵助谷出合へ向かう。その間もどんより曇っており、気持ちは上がってこない。
出合に到着後、丸東(丸山東壁)が見える。なんと、日光が壁の取り付きまで当たっている。テンション爆上がりで、壁へと向かう。

写真_丸東基部からの全景
丸東基部からの全景

1ルンゼを詰め上がり、無理やりトラバースして壁の基部へ。
うーん、濡れている。まぁ人工だし、陽も出てるから途中で乾くだろうと取り付く。

1p-3p
出だしからA0。濡れているから。
ちなみに濡れていなくてもA0は不可避だろう。

4p
三日月ハング直下からスタート。ちなみ三日月ハング下の終了点は、リングボルトとハーケンで恐ろしい。
ハング越え時、タイオフ用の細引きあると良い。
5p
ボルトラダー。鐙の最上段に乗る事も。

6p
出だしは少しルーファイ必要。
小ハング越えからの苔々ルート。
このピッチはロープをバンドまで伸ばした為、コールが届かなかった。

写真_6p目終了点。ダイレクトルートのスタート地点
(6p目終了点。ダイレクトルートのスタート地点)
この日はこれで終了。次の日のルート開始点を偵察。その後、ホテル丸山へチェックイン。ホテル内は水が滴っている。シュラフカバー必須。ちなみに水はいつも滴っている訳では無いので、注意。

写真_ロープの先の洞窟がホテル丸山
ロープの先の洞窟がホテル丸山

ささっと、ご飯を食べて就寝。
夜に仙田先輩のうめき声が聞こえる。どうやら寒いようである。私は、シュラフを持ってきて防寒具を省いて軽量化。仙田先輩は、防寒具を多く持ってきて、シュラフを省いて軽量化。ここが明暗を分けたようである。しかし仙田先輩には、なんとか耐えて貰うしかない。。

10/6
私の誕生日である。
朝から霧が立ち込めて、辺りは白い。
そして、薄ら寒い。まぁ、誕生日だからと言って天候が変わる訳でもない。感情によって天気は左右されない。天気の子じゃあるまいし。体を引きずり、取り付きへ向かう。
かなり微妙な天気だが、人工なのでとりあえず取り付く。

7p
途中ハーケンが抜けるも、無事通過。
カムの0.5を使用。
8p(最終p)
大ハング越えのピッチ。リングボルトに鉛直方向に力をかける為、抜けそうで怖い。また、腐った紐にフィフィをかけて、乗り込む場面もある。途中、0.5カム使用。
休み休み行けば、突破可能。
ハング越え時は、足元200mくらい宙ぶらりん。

写真_8pハング帯を登る仙田先輩
8pハング帯を登る仙田先輩

最終ピッチは、初登時どの様に登ったのか分からない。一体どうやってボルト打ったんだ…。また、フリー突破はかなり厳しいルートのように思う。まさに、人工然としたルートであると感じた。
そして、終了点に着いたあたりで、天気が晴れてきた。まるで我々の感情がリンクしているようだ。

写真_帰りは宙ぶら懸垂
帰りは宙ぶら懸垂

その後はさっさと懸垂で降りて、足早に帰京した。懸垂時は、支点もしっかりしており安心して行えた。

丸東緑ルートという、クラシック名ルートに行けた事は素直に嬉しかった。しかし同時に、内容としては人工に終始してしまい、面白みは少なかった。また、他人の設置した支点(リングボルト、ハーケン)に不用心に命を預け続けざるを得ない状況もあまり心地よくは無かった。今後は、フリー力を鍛えて壁を楽しみながら、安全に登る方向性に切り替えていきたい。そちらの方が、未踏壁で通用する力に近いものがあるとも思う。

とは言いつつも、奥鐘山西壁に興味をそそらてしまう。。どうしたものか。。どなたか、紫岳会ルートの情報ありましたら、教えていただきたいです。ではまた。

写真_仙田先輩と丸山東壁緑ルート

(記)うの

阪神支部だより 楽に新緑の六甲山の最高峰(931m)を楽しむ

阪神支部だより

“楽に新緑の六甲山の最高峰(931m)を楽しむ”

日時:5月12日(日)10時 JR住吉駅改札口 集合

本日のハイキングは、JR住吉駅から「くるくるバス」で住吉台へ。そこから住吉川に沿って五助ダム、本庄橋、七曲を経て六甲山最高峰を目指します。

1938年7月5日・住吉川の水害の名残を見ながらの登り3時間、頂上で食事
後は東方面へ30分ほど歩いて、宝殿橋バス停から阪急バス(有馬~芦屋線)に乗車。五助ダム(高さ30m)上部の澱みの静けさや新緑のすがすがしさを体感できた1日でした。

下山途中、六甲最高峰から東へ1kmほど隔たった標高840mの見晴らしの良  
い峰に鎮座する石宝殿(六甲神社)にお参りをする。

メンバーは、大澤(S40卒)、岩間(S44卒)、松村(S48卒)、木村(S49卒)、大塩(S49卒)、下村(S50卒)、吉田(S63卒)、小田垣(S43卒)計8名。

六甲山最高峰

六甲山

(記)小田垣

阪神支部だより 六甲山ハイキングと忘年会

阪神支部だより

六甲山ハイキングと忘年会

 平成30年12月16日(日)、本年最後の阪神支部の恒例行事・六甲山ハイキングと忘年会を行いました。JR住吉駅から「みなと観光バス㈱」の住吉台くるくるバスを利用、終点のエクセル東バス停には約20分間で到着。ハイキングコースは、住吉川沿いの登山道をつめて石切道コースを通り六甲ガーデンテラスで食事・休憩、神戸ゴルフ場経由、六甲ケーブル横の寒天山コースを下る約5時間程のハイキングでした。途中、その昔高級な花崗岩の石材"桜御影″を切り出し、これを運ぶ牛車が往来した道の面影を偲び又、六甲山ガーデンテラスからはすばらしい景観を楽しみました。

 ハイキング参加者は、大澤(S40卒)、小田垣(S43卒)、松村(S48卒)、木村(S49年)、下村(S50年)、小柳(H30年)、岩瀬(現・文1)の計7名。下山後は灘温泉で一汗流して、三宮での忘年会会場に向かう。忘年会のみ参加の弓庭(S48卒)、大塩(S49卒)、高橋(S52卒)、高(S62卒)、村方(H30卒)、宇野(現役・経5)の計11名で近況報告を交わし20歳台から70歳台の賑やかな忘年会になりました。

写真・六甲山にて

写真・六甲山にて

写真・忘年会

(記)小田垣

阪神支部だより 田中先輩(S40卒)の墓参

平成30年11月7日(水) 鈴鹿市へ田中正男先輩(S40卒)の9回忌の墓参に行ってきました。

下村嘉明(S50卒)さんの発案で、田中先輩の同期の水落和洋(S40卒)さん、大澤良雄(S40卒)さん、大塩幸男(S49卒)さん、高瑩範(S61卒)さん、小田垣巖(S43卒)と田中先輩の奥さんの計7名で行きました。

鈴鹿市の近鉄電鉄、長太ノ浦駅近くにある田中家菩提寺の正源寺で、先輩を偲んで話の花が咲きました。

平成21年にご逝去された先輩田中正男さんは、4年生時のS39年「アラスカ学術登山」で登山隊員として、未踏峰リーガル(4320m)の登頂や商社マンでの活躍や、又、個人的にはタイの未知の領域、ミャンマー、ラオス国境に日本人の祖先があるとの自説で、武勇伝を数々お持ちの心の暖い人、武士の様に矜持を持たれた先輩でした。

合掌







(記)小田垣

山岳部ポロシャツのご案内

山岳部の現役部員よりポロシャツの案内が来ています。購入を希望される方は現役の部員に声をかけるか山岳会のページよりメールを送ってください。

ポロシャツのイメージ









初代の黒ポロシャツの後、2代目は約10年前に白色に生まれ変わり、幾度かのデザイン改良を経て現在の形になりました。

阪神支部だより 箕作山・太郎坊山(赤神山)ハイキング

阪神支部だより

箕作山・太郎坊山(赤神山)ハイキング

4月28日(土)、木村(S49卒)幹事の企画で大澤(S40卒)、大塩(S49卒)、小田垣(S43卒)の4名が滋賀県にある箕作山(373m)と太郎坊山(350m)に行ってきました。

近江鉄道の市辺駅から出発し、竹林から十三仏の参道を登り長い石段の途中には多くの表情の石仏に出合い登り切ると素晴らしい眺望が望めた箕作山の頂上に到着。
登山道沿いの花々(オオイワカガミ、コバノミツバツツジ、タムシバ)を期待していたが、残念ながら目を楽しむことが出来ず、もう山は初夏の新緑模様になっていました。

箕作山の頂上から20分程で太郎坊山に着き、そこからは遠く琵琶湖や近江盆地を囲む山々が望め、素晴らしい眺望を楽しめた1日でした。

(記)小田垣

十三仏堂・参道の写真
十三仏堂・参道

箕作山の頂上の写真
箕作山の頂上

太郎坊山全景の写真
太郎坊山全景

六甲山ハイキングと忘年会

 平成29年12月10日(日) 六甲山の杣谷を遡って杣谷峠から徳川道をたどり、トエンティクロスを新神戸まで下るコースを歩くハイクに行ってきました。メンバーは尾崎さん、大澤さん、大塩さん、下村さん、高さん、尾崎さんのお孫さん(中学3年生)、小田垣の7名。

 阪急六甲駅から歩程5時間20分ほどでしたが、杣谷峠までは多くの小滝や淵のある変化に富んだコースでした。峠から一気に徳川道を下って新神戸の「神戸クアハウス」で汗を流し、三宮では六甲山クライミング帰りので学生達6名と弓庭さん、高橋さん交えての14名でラマ峰を話題にした楽しい忘年会を過ごすことができました。

杣峠
杣峠

トウエンティクロスコース
トウエンティクロスコース

布引滝の茶屋
布引滝の茶屋

(記)小田垣

2017年度秋季定例総会 in 箱根

10/21土曜日、関東支部主催により箱根の温泉で19名の参加者にて開催されました。人数はやや少なめでしたが、関東近郊のOBを中心に一人ずつ近況を報告しあう時間をとって夜遅くまで盛り上がりました。翌日も観光班、クライミング班に分かれて秋空を楽しむ予定でしたが、台風と秋雨前線による長雨で今回は断念しました。

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懇親会のようす

この日のメインイベントは下記2件の報告会でした。

【報告1】和田副会長によるクムジュンスクールの報告

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当山岳会の長谷川OBからの資金援助、和田副会長や現役学生によるマネジメント、そして今回の支援に対して即決でご賛同、協賛いただいた坂茂設計事務所による設計支援、ネパール現地のスタッフの熱心な準備、これらが揃って、立派な校舎が完成しました(2017年3月)。

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現地から送られた感謝状

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雑誌「新建築」9月号にも校舎の詳細が掲載されました。

【報告2】宇野隊長(4回生)、仙田隊員(工学部院)両名による極西ネパール登山隊2017の報告

両名は帰国してからまだ1週間も経っておらず、山の香りを漂わせながら、登山のようすを熱心に語ってくれました。

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6500メートル級の未踏峰の偵察のようす

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5800メートル級のピークの登山のようす

記/千田敦司(1997年法卒)

極西ネパール登山隊が日本を出発

極西ネパール登山隊が日本を出発

西ネパールの山に挑む「極西ネパール登山隊2017」が日本を出発しました。同志社大学の山岳部が初登頂したアピやサイパルの位置する西ネパールより見えていた山に今夏現役の山岳部員4人が挑戦します。本日から関西空港まで激励に行ってきました。

遠征隊の4人と
遠征隊の4人と。たくましい顔つきでした。

遠征隊の荷物

遠征隊の荷物
1つにつき20 kg以上あるザックを12個も持ち搭乗手続きをしていました。

遠征隊の荷物
受付の職員の人も荷物をコンベアに乗せるのに苦労していました。


遠征の近況は山岳部のブログやFacebookページで配信していくそうです。今後の活躍を期待しています。

<リンク>
「同志社大学 体育会 山岳部 公式ブログ」(現役部員のブログ)
http://blog.livedoor.jp/doshishaalpineclub/
「同志社大学 山岳部」(Facebook)
https://www.facebook.com/uy.ss.sh.sr
(閲覧するにはFacebookに登録のうえログインする必要があります。)

(記)近藤悠平
プロフィール

dacob

Author:dacob
同志社大学山岳会は同志社大学体育会山岳部のOB会です。

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